「堤家の遺訓」…その深淵にあるもの

かつて、テレビ朝日の報道ステーションで、巻物となった「堤家の遺訓」が再現されて、紹介されていた。
そこでは、トップ(家長)は、財産の管理人であると規定されていた。
この考え方は、「総有」という考え方に近いものがある。

ところが、報道ステーションでは、堤義明氏のワンマンぶりから、西武鉄道の株式名義借り事件を、財産への執着として取り上げるのみであった。その捉え方は、「財産の管理人」と規定する「堤家の遺訓」の考え方を、全く理解しないものであった。

「堤家の遺訓」が、単に、堤家の繁栄のためにのみ創られたとするならば、狭いという感もある。
しかし、財産を、社会に役立つよう「管理する」ことを述べたものだとすれば、立派なことである。
結局、財産を何のために作り、維持するかを明確にすることが必要である。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年04月28日 | Permalink

財産という観点から見た家族観

高木桂蔵著「客家(ハッカ)の鉄則」(ゴマブックス)の中に、次のような記載がある。

 客家人は自分の財産は子どもに残すのではなく、一族のために残すという考え方をしている。自分の繁栄は一族のためであると考える客家人にとって、その没落もまた一族の凋落であることを意味しているからだ。
 もちろん子どもにも遺産は残すが、客家人のあいだではいまも“公嘗(こうしょう)”と呼ばれる共有財産制度がある。公嘗とは皆で受けるという意味で、一族の子弟の教育や先祖の祭りごとのときに使われることになる。これは“公嘗田”という形を取ることも多く、家族単位で耕す田のほかに、一族全体で田を耕しそこで収穫されるものを共有財産にするというシステムである。
 科挙の制度があったころは、この共有財産は子弟の教育費にあてられることが多かった。財産を残すことより、子どもに教育を受けさせ官吏に登用されることのほうが、はるかに一族の繁栄のためになると考えたのだろう。

このような考え方は、日本にもある。

三井家では、財産は共同所有という「身上(しんしょう)一致」の家法を定めたとされる。

この共同所有のあり方は、民法上の「共有」ではなく、学説で議論されている「総有」や「合有」に近いと思われる。

「総有」とは、数人の1つの物に対する共同所有ではありながら、共同所有者の持分が否定されるか、あるいは不明確なものとして潜在的なものにとどまるとみられ、その結果、共同所有者は、主として物の利用権を有するのみで、持分処分の自由や分割請求の自由は否定されるところの所有形態をいうとされる。
物についての管理権も各共有者が行うのではなく、一部の者に委ねられるのが通常であるとされる。

一族の財産の管理のあり方として、合理的ではないだろうか。

近代になり、民法が「共有」について、持分処分の自由や分割請求の自由を認めたことにより、個人主義が徹底された。このことは、個人の意識を変え、民主主義の考え方の普及となり、社会の活力となったと評価される。
しかし、個人主義・民主主義の理想とする個人のあり方を、全ての個人に期待できない状況も認められる。
ここでは、個人主義・民主主義と、集団主義・独裁主義の間で、綱引きがある。

財産の管理を委ねることができる、有能で、志の高い人をいかに見つけ、団結できるかが重要である。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年04月22日 | Permalink