子供の巣立ち

 進学・就職など、子供が親元から離れることの影響は大きなものがある。
 仕事柄、いろいろな親子関係を見てきたが、親というものは、子がいくつになってもいつまでも子供だという感覚が残る。親子とはそういうものだと感じてきたし、そのことへの反省も自分なりにしなければならないだろうと感じてきた。 
 しかし、子供の巣立ちは、意外に気持ちの面で大きなインパクトがある。子供は、ときどきは帰ってくるから、まだ完全に巣立ったものではないという感覚もあるが、いや、もう巣立ってしまったのだという感覚もある。
 子育ての期間は、大変だった(特に母親は)と思うが、子供が巣立つと意外に短かったという気持ちもある。
 このような感慨は、経験してみないとわからないところであるが、これまで親から聞かされたこともなく、既に父母のない自分としては、どんな風に感じていたか尋ねてみたかったところである。


投稿者名 管理者 投稿日時 2009年05月25日 | Permalink

高砂(たかさご)の世界

 能の作品の1つである高砂は、結婚披露宴の定番であるが、この年齢になるまで、その世界を実感として受けとめたことがなかった。
 先日、飛騨高山に旅行したとき、一位一刀彫の彫刻を改めて見つめてみて、学生時代には、おじいさん(翁)とおばあさん(嫗)にすぎないと一瞥しただけだったが、じっくりと見ることができるようになった。
 翁と嫗は、高砂の浦で松の木陰を掃き清めるところからスタートすることすら知らなかった。一位一刀彫の彫刻は、2人共掃除道具を持っているのだ。


投稿者名 管理者 投稿日時 2009年04月22日 | Permalink

親は子の職業を決められるか。

 私は、親は子の職業を決めるべきではなく、また、決めることはできないと考えている。子が職業を決めるにあたり、何らかの影響を与えることすら、慎重であるべきだろう。

 自分の職業は自分で決め、自分で切り開いていくという原則は堅持されるべきである。
 したがって、親の職業が成功した企業体となっているからと言って、子にその「承継」を求めるべきではない。現在成功しているからと言って、未来は不確定であって、現在の成功で子をコントロールするべきではない。「自分で決め、自分で切り開いていく」という点に、親は、目を配るべきだろう。

 子から職業についてアドバイスを求められた場合、自分の経験や意見を語ることになるだろうが、親が子に代わって、親が意見した職業の世界に入っていくわけではないから、答え方も自然に決められていくことになるだろう。


投稿者名 管理者 投稿日時 2009年03月09日 | Permalink

子供の社会化

 日本の乳幼児は、欧米との比較で、母親と共に過ごす時間が多いことが指摘されている。
 ところが、最近の日本では、必ずしも、そうでない母子がいて、乳幼児期に、本当に密な情緒交流がなされないことが問題となって現れていると考える人がいる。密な情緒交流があることによって、攻撃性や不安の点で、日本の幼児は、怒りっぽくもなく、こわがりでもなく、非常に周囲とうまくやっていくと指摘されている(正高信男著「ケータイを持ったサル ?『人間らしさ』の崩壊?」20頁)。
 しかし、母子密着型の子育てにも弊害があることが指摘されている(同26頁)。日本では居心地のよい母子密着状態が延々と継続するため、子供は、社会的な交渉が少なくなり、子供の社会化に悪影響を及ぼすというものである。
 たしかに、アメリカ社会を経験した人の話をきくと、アメリカでは、大学生になれば、子供は、男女を問わず、両親から独立して生活するのが当然という感覚がある。学費も、子供が自らアルバイトをして稼ぐのが当然という感覚もある。
 これに対して、日本では、親元から通学できる大学の場合、親元から通うことも多い。アルバイトの点は、大学の授業よりもアルバイトをしたいという学生も多く、アメリカとの差はあまりないようにも思われるが、その精神は大きく異なるのかもしれない。
 乳幼児期から大学生の時期まで、親子の距離をどのように持つかは、改めて考えてみるべき問題であり、実行が伴う必要がある。


投稿者名 管理者 投稿日時 2009年02月20日 | Permalink

人生移行の停滞

正高信男著「ケータイを持ったサル ?『人間らしさ』の崩壊?」中公新書30頁

 自分のこれまでをふりかえってみて、交遊関係が移行することは気がつく。
 これまで交遊のあった人全てと交遊を続けることは、まず、できないことだろうと思う。進学、就職、起業の中で、付き合う人は変化していく。この変化は、人との別れでもあり、さみしい一面もあって、昔からの仲良しは、いつまでも続いてほしいという願いにもなる。
 しかし、自分の活動範囲が変化することにより、自分は成長していくと考えられるし、また、自分が成長するためには、自分の活動範囲を変えていかなければならない。
 正高信男氏は、久保田万太郎の句である「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」を示し、「ともにいろはを学んだ竹馬の友も、やがてはちりぢりになっていく、さみしいけれどそれが人間の『健気』(けなげ)というものだ。」ととらえている。
 この『健気』(けなげ)という点こそが、人の生き方としてポイントだろうと感ずる。


投稿者名 管理者 投稿日時 2009年02月12日 | Permalink

家族の心情

ファミリーのことを考えるとき、家族の心情にあった判断をすることは、必要だと思う。

ご先祖様に「よくやった」と言われて、ゴールしたい。
子孫の活躍ほど、うれしいものはない。
こういった気持ちは、大事にしたい。

しかし、「兄弟は、公平に扱いたい。」「兄弟は、公平に扱われるべきだ。」という考え方は、検討が必要だろう。
昔、相続で、兄弟が田を分けることを、「たわけ」といって、たわけ者のすることと警戒していたと聞く。

家族の心情は、尊重するものの、誰かが、合理的な判断をしなければいけない場合があると考えるべきだろう。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年10月16日 | Permalink

ファミリーの歴史の編纂

人生の後半になったら、自分の歴史を含めて、ファミリーの歴史を編纂してほしいと思う。

自分の歴史資料は、余分なものまで残してしまうし、逆に、自分以外のファミリーの資料は、なかなか集められないが、ある物は捨てられない。
しかし、このような傾向があることを踏まえ、大胆に、取捨選択してほしい。

時間の経過とともに、何が残すべき資料か、判明すると思う。時間の経過の中で、徐々に判断してほしいと考えている。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年08月28日 | Permalink

学校の選択

 我が家では、中学受験、大学受験を経験した。
 幼稚園から始まって小学校、中学校、高校、大学、大学院と受験の連続である。難関の学校への入学実績が大きな判断材料となっているようである。もちろん、そうでない基準で学校を選んでいる人もいるだろう。
 しかし、自分自身や子の受験を通じて感じるのは、学校を選ぶのは本人(子)であるという点である。
親が子を、その気にさせたならば、子は自らの意思として進むのかもしれないが、どんな形であれ、出願するのは本人である。
 幼稚園や小学校は、親が決めるしかないではないかと言われるかもしれない。確かに子にとって良い環境を考えられるのは、幼稚園や小学校では親かもしれないが、それでも本人の自覚は重要だろう。
 今でもよく覚えているが、私が幼稚園に初めて行ったとき、近所の子と一緒に、タクシーか誰かの車で出かけた。幼稚園バスではなく、最初は、親と一緒に行ったのである。そのとき、これから「勉強」というものをするのだと随分緊張っして行ったことを覚えている。すぐに「勉強」などというものはないことが分かり、問題児として自由に振舞ったのであるが、最初は、幼稚園という新しい場所について、すごく自覚していたのだから不思議である。
 学校は、本人が選んだのであれば、納得するであろう。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年08月01日 | Permalink

ファミリーの歴史をいかに記録に残すか。

 「若いうちは、自分の歴史などまとめなくても良いから、もっと前に進め。」と自分に言いきかせてやってきた。
 確かに、若いうちは、自分の可能性も未知であるし、自分の果たすべき役割もわかっていない。自分の関心もどんどん変化する。
 したがって、自分の歴史をまとめてみても、見当違いとなることが多いだろう。
 しかし、年齢を重ねるにしたがって、自分はまず何を果たすべきかを選択し、それに集中しなければいけなくなると、そのために自分の歴史をふりかえってみることは悪くないと思う。
 さらに、自分の人生だけでなくファミリー全体の歴史を考えると、自分にしか記録できないことも多いことに気づく。老親がいるならば、少なくともいろいろと尋ね、記録しておくことは必要だと思う。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年07月24日 | Permalink

祖父と孫の関係 時代認識

2005/11/2 かんべえの不規則発言(吉崎達彦)より引用

●外務大臣会見記録(平成17年10月31日(月曜日)23時10分?於:本省・会見室)

(問)外相として靖国神社に参拝されるお考えがあるのかどうか。

(麻生外務大臣)そういう質問は必ず出るだろうと思ってましたが、やっぱり出ましたね。どちらですか。

(問)朝日新聞です。

(麻生外務大臣)やっぱりね。基本的には個人的な信条というものと、国としてのというものは必ずしも一致するということは限らないとことも往々にしてあるというのは解りますので、適切に判断をしたいという総理の考えとほぼ同じことを申し上げなければいけないと思っています。

〇そうかと思うと、こんな風に答えていたりする。

(問)日中関係は政冷経熱といわれている中で、日中外相会談もキャンセルされましたが、今の状況をどのような場でどのように打開し、どのように中国に呼びかけるお考えですか。

(麻生外務大臣)今年1月に中国に行ったときに似たような質問を受け、歴史認識について問われたことがあります。正確ではないが、多分こんな具合に答えたと思います。

昨年重慶でサッカーの試合が行われているときに、極めてアンフェアな応援を行ったのが中国人、しかしほぼ同じ時期に谷村新司の野外コンサートで、コンサートの最後に谷村新司が歌った「昴」という歌を観客の9割がスタンディング・オーべーションで応えてほとんど日本語で「昴」を歌ったというのも中国人、ということが存在していることを我々は知っている。

昨年、中国の海軍の原子力潜水艦が日本の領海を侵犯したのも軍人ならば、戦前帝国陸軍が天皇陛下の意向を無視して中国でいろいろ不届きな行為があったのも軍人、軍人というのは政治家にとって常に扱いにくいというのが似たような話ではないかと。

歴史認識というけれども、なかなか歴史認識というのは難しい。南北戦争のことを、ジョージア、アラバマ、ミシシッピ、ミズーリ、いわゆる南部の地域においてはノーザン・インベージョン、北部の侵略と学校では教えている。英国では米国の独立戦争を植民地の反乱といっている。同じ国内、同じアングロサクソンであっても歴史認識はなかなか一致しないということを前提にして、日中の歴史認識を考えていかなければならないのではないかと、正確な一言一句全部は憶えてはいませんが、大体似たようなことを言ったと思いますが。

それ以降向こうから反論はなく、第3世代、3G、携帯電話の新しい機種のことですが、その話に戻ってという話になったので、なかなか歴史認識というのは一致しないものだということを知った上で、やはり今中国で日本語を歌ったり話したりする若い人が多い。ジャパン・アニメーション、Jファッション、J?POPの「3 J」がアジアのサブカルチャーを席巻しているというのが、2年か3年前のタイムの中で書かれた社説です。日本はハードだと思っているけれど、実はソフトでアジアの中でこれだけ日本のサブカルチャーが浸透していると、タイムマガジンという月刊誌に出ていたとおりです。現実問題として日中関係は多くの人たちが色んな形で深く交わって相互交流、経済交流はもちろんのこと観光、文化でいろいろ交わり合っているのが現実だと思います。

そういった中で政治だけ別というように政経を分離するという考え方を中国はしますかね。私はある意味では、そういったものを考えて国民がそこまでうまく色んな形で行っているという現実に立った上で話をするべきではないかと思っています。


〇南北戦争との比較は、昨年12月に一緒に「靖国神社ツァー」をしたクリス・ネルソン氏も言っていたことです。とまあ、いろいろなやり取りがありますが、いちばん良かったのは次の部分です。

(問)吉田茂も首相になる前に外務大臣をやっていますが、そのポストになられたということでご感想は。

(麻生外務大臣)吉田茂は外務大臣にならずに総理大臣と外務大臣を兼務したと記憶していますが、感想ですか。余り予期しなかった質問ですね。吉田茂がどういう感想を持つか、「大丈夫かあ」とそんなものですよ。こんな質問なんかされてね。多分そういう態度で、今その辺で聞いていますよ。

以上引用

祖父と孫の関係は、このように意識されるものかとの感想を持った。
このような関係は、うらやましいものである。このような関係を作るためには、ファミリーの骨格を作ることが、年齢とともに大事である。



投稿者名 管理者 投稿日時 2008年07月10日 | Permalink