昔のままの仕組で、やっていないか?

パソコンのソフトは、バージョンアップが急だと、分かっている人は多いだろうが、慣れたソフトは使いやすいものだ。しかし、慣れた人が使いやすいということだと理解する必要がある。

ソフトだけでなく、パソコンそのものも、それが欠かせない分野は変わってきている。

ビジネスの上で必要な機能も、スマホなどが行き渡った現在、何によってそれを行うのか変化している。

こうなってくると、誰かが先頭に立って仕組を作るという形がいいのかも、疑う必要があるだろう。

組織に参加する個人が、自由におもしろく仕事を進めることができればいいのであれば、会社が先頭に立って走るよりも、参加する個人の間で何を使うか決められていくのがいいように思う。

もちろん、全員が利用するものであれば、会社で決める必要はあるだろうが、全員が利用するのは一部でよく、チームごとに分散した形でもいいように感ずる。何が何でも統一するという時代ではないと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年10月18日 | Permalink

一貫性と新規展開

自分は何をし続けなければいけないかを、自分に知らせる仕組は必要だと思う。
 仕組というと、難しいことに感ずるかもしれないが、経営者であれば、自分が注目する数字(自社のものであることが多いだろうが、それに限定されない)を常に見続けるということである。

こうした仕組があると、一貫性が生れる。

しかし、一貫性だけあれば良いかといえば、それだけでは視野が狭くなり、ジリ貧にもなりうる。
新規展開ということを常に意識する必要がある。

そのためには、自分が注目する数字以外にも、何か必要なものに気付く必要があるだろう。
この仕組を作ることは難しいのではないか。

視野を広くして、何事にも関心を持とうと心掛けても、それだけでは効果は限られている。
何か日常の行動に落とし込む必要がある。

何かを見たり、聞いたり、読んだりしたときに、必ず1つ、「このことは」と気付くことにし(何もないと終わらせるのではなく)、それをマーク(付箋を付けたり、資料を切り取ったり)し、それを常に集積していく。

何事も集積が進むと、人間、何かを考えるものだと思う。
 集積したものを、分類してみたり、展開してみたりして遊ぶ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年07月19日 | Permalink

自信と柔軟さ

日大アメリカンフットボール部の監督の絶対的立場が話題になっていた。
 監督の下の人は、はむかうことはもちろん、意見すら言えない関係だという。

自分の立場との格段の差を感じる。
 家族も含めて、私の周りの若い人たちは、言いたいことを言っているように思う。
 
私が、年齢からくる経験、研究・調査からくる知見、時間をかけた検討から、一定の見解を出しても、対等に反論を出してくる。私から見て、明らかな誤りと判断できることでも、自信をもって反論される。
 (注)私は、立場上、最初に意見を出すことはしない。他の人の意見を聞くことは、常に行っている。また、裏付けがあることを重視している。

私にはそれほどの権威がないのかとも思うが、私よりも格段に成果を出し、社会的に高い評価を受けている人でも、社内では、思ったとおりに、言うことを聞かせられないという(書籍での記述)。

身近にいて、その日常を知る者は、小さな粗(あら)を見ているために、本質的な事柄に気がつかないものだ。

若い人が、自信もって発言することは悪いことではない。
しかし、自分がどこまで全体を分かっているかは、よく自覚するべきであり、自分の知覚の方法は、柔軟にするべきだ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年07月18日 | Permalink

体系化の進展

以前、「コンピュータの時代は、体系の中で探すのではなく、キーワード検索などで目的物は探せるので順不同でもよく、体系は不要だと考える人もいるかもしれない。しかし、体系は、何かを探すためだけでなく、そのもののとらえ方を考えることに意味がある。」と書いた。

このときは、文書を中心とした体系化を考えていた。

しかし、文書だけでなく、物(アイテム)も含めて体系化する必要があると考えている。
 このとき、どのような種類のものがあるかは、文字で表し、容易にその体系化ができる。
 これに対して、自分が関心を持って集めた物(アイテム)は、集めてみると気がつくことがある。

文字にならない体系もあると思う。
 文字で表せるものだけでなく、物(アイテム)そのものが持つ個性も、集めてみると気がつくだろう。

 こうしたとき、物(アイテム)を集める箱は便利だ。
  物(アイテム)は、かさばるし、壊れやすいため、保管方法はよく考える必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2017年12月25日 | Permalink

体系の中で、自分で考える。

体系化するのは、目的でなく、手段とするため。
 書籍、資料、アイテム、その他所有するもの全てが、体系化できたならば、いつでも取り出して使えるようになる。

体系化を考える段階で、自分が所有するものを改めて把握し、そこから何が出てくるか考えることになる。

日常生活の中で、ちょっと気がついたとき、それを自分の体系の中のものと比べることにより、進展が起こる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2017年12月22日 | Permalink

各部局が、文書作成・行動をなす場合でも、会社全体の状況をつかんで、行う必要がある。

各部局が、自分の部局だけの感覚で文書作成などを行なうと、それを全体会議などに出した場合、問題を生ずることが多い。
全体会議は、その調整のために行なわれるからといって、各部局が、自分の部局だけの感覚で文書作成などを行なうことは、賢明とはいえない。

他の部局の立場で、自分の部局の文書などを見てみることは、必要だろう。

他の部局の眼を意識するために必要なことは、端的に、他の部局の意見を事前に聞いてみることだろう。

こうしたことを続けることで、各人は、会社全体の状況を把握していくことになる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2017年01月24日 | Permalink

助言を求められるとき、どのように対応するか。

人から、何か助言を求められるとき、どのように対応するかは、本当は選択肢が多く、難しい。

答え方は、相手がどのような人かによって、変えていくべきだということは、よく聞くところだろう。

しかし、その前に、相手の求めに対して、それをどこまでも忠実に受けて、それ以外のことは一切触れず、答えていくのか、相手の求めそのものについて、それはどのような意味をもつのかにさかのぼって再構成してから答えていくのか、答える側の立ち位置が問題だろう。

たとえば弁護士として仕事として答える場合、相手の求めに対して、それをどこまでも忠実に受ける必要があることは多い。
しかし、仕事を離れ、友人として答える場合、相手の求めそのものについて、それをずらすこともあるだろう。ずらした方が、相手にとって良いという場合もあるからだ。

答える側が、年もとり、多少は自由に物を言っても良い立場になると、悩む問題だ。特に、人生はいろいろあると知るようになると、答える側も悩むだろう。

結局は、相手が、自分の言うことをどこまで聞いてくれるかの問題かもしれないが、その人の人生の幅が関係してくる問題だろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2016年09月26日 | Permalink

経営者は、時間ができたときに、何をするか?

世の中の経営者を見ていると、組織を作ることができた人や先代から組織を受け継いだ人は、基本的に時間があると思う。
もちろん、経営トップが出るべき会合への出席はあるだろうが、顧客対応をしなければならなかったり、部下を直接見なければならない管理職よりは、余裕があると思われる。また、経営トップは余裕を持つ必要があるという面もある。

世の中の多くの人は、自由時間が欲しくて働いている面が強く、時間がある(暇である)ということは、うらやましい限りかもしれない。

問題は、余裕ができたとき、何をするかということだろう。
第一線の感覚を忘れないように、あくまで現場を見る人、企業の行く末を考え、未来に向けた準備をしようとする人、仕事を離れた趣味に時間をかける人、など、いろいろだろう。

この時間の使い方が難しいと思う。
あくまでも自分でやろうとすると、部下が育たないことがある。
余分なことを考え、実行して、逆効果をもたらしている場合も多い。
それくらいならば、趣味に時間をかけてもらっていた方が良いということも多い。

ここでは、誰がどうだと具体的にコメントしないが、企業が順調でなくなったとき、内部対立を生じたとき、経営トップの普段の余裕時間の過ごし方が問われてくると思われる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2016年06月17日 | Permalink

「本来の自分」でいられる職場

グーグルの生産性向上計画(プロジェクト・アリストテレス)での結論は、「本来の自分」でいられる職場を目指すことにあると聞く。

同じ一人の人間が、会社では「本来の自分」を押し殺して、「仕事用の別の人格」を作り出すことは、あたかも仮面を被って生きねばならないことであり、それではあまり幸せな人生とは言えない。
社員一人一人が、会社で、本来の自分をさらけ出すことができること、会社では、それが受け入れられるよう、自分以外の人への心遣い、共感、理解が醸成されること、が必要である。このことが、チームの生産性を高めることにつながる。

このことを実現するためには、どうしたらよいか?
仕事以外の話をすることができる場を、意識的に作ることが必要だろう。
かつては、仕事が終わってからの付き合いなどがあり、これが有効だった面があるだろう。現在でも、社員の誕生日や祝い事などをきっかけとした、お茶の時間など、短時間でも持つことは良いだろう。

しかし、こうしたインフォーマルな時間を持つことに、抵抗感がある人がいることは事実だ。
この場合、こうした抵抗感を把握して、1つずつ解消する努力が必要だろう。
人に任せることが大事だとする教えは、よく聞くところだが、任せる過程で、自分以外の人への心遣い、共感、理解が進むことにポイントがあるように思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2016年05月30日 | Permalink

課題の管理

スケジュール帳、ToDoリストなど、それを管理するアイテムがいろいろある。
しかし、こうしたアイテムは、便利なようでも、受動的になり、場当たり的にもなり、大事なことを通り過ぎてしまうおそれもある。

こうしたアイテムは、大きくとらえると、課題の管理のためのものだ。課題は、完了すれば消していけばよいという考え方は、備忘のためだけならば、その方が良いのかもしれない。
しかし、より積極的に進むためには、それだけでは足りないと思う。課題の管理のためには、踏み込みが足りないと思う。

課題は、それぞれの人の中で、いくつかあり、それを統合する発想が必要だ。課題の全体の体系のようなものが認識される必要がある。
統合化・体系化することを考える中で、認識していない課題が浮上するものだ。

課題の統合化・体系化のためには、すべてが頭の中だけでできる人は別として、記録、整理、比較といった作業が必要だと思われる。したがって、完了すれば消していくという手法ではなく、記録を整理、比較して、全体の位置づけを考えることができる状態にする必要がある。

単純な備忘のための記録は、完了すれば、消していっても良いと思うが、全体の位置づけを考えた方が良い記録は、手控えとして残し、折々に読み返す必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2016年04月18日 | Permalink