プロフィール

・昭和31年(1956年)生まれ
・昭和56年3月 東京大学法学部卒業
・昭和56年4月 司法研修所入所(第35期)
・昭和61年4月 前川法律会計事務所を開設
・平成 9年3月 セントラル法律事務所を開設
・平成 9年4月 名古屋弁護士会(現、愛知県弁護士会)副会長

もの、説明、作者

陶磁器の展示を見に行くと、作品とその横に作者の略歴等が書かれた小さな紙があることがある。
このような展示は、これまでいろいろとなされてきたところだが、こうした「もの」と紙との関連付けをどのように行うのかは、大事なところではないかと思う。
説明の紙は小さくて、ファイルに綴じることができないこともあり、ネット上に情報を置くことは重要だと思われる。
しかし、ネット上にばらばらとある情報を組み合わせて、新しい視点をどのように見つけるかという作業になると、ものとなった紙の媒体は重要だと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年06月14日 | Permalink

スペースを持つことの価値

ものを持とうとすると、それを収めるスペースが必要となってくる。スペースを持つ費用を考えると、できる限りものを持たない生き方は有効に思える。
しかし、ウェブ空間のみで十分に創造的な作業ができるのかという問題はよく考えるべきだ。
自分自身を考えても、本を収める棚以外に、9本の棚を利用している。
この棚に収めるものは、先祖から伝わるものであったり、自分が集めたものだ。
こうしたものを収めるスペースを持つことは、振り返ると有効であったと考えている。
こうしたスペースを十分に持っていたことで、ものを簡単に捨てられなかったというマイナスも確かにあるが、ものを集積することによって気がつくことも多く、その効果は大きいと考えている。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年06月07日 | Permalink

文章の書き方

文章は、骨格のラインと、骨格のどこかを補充する内容等を明確に区別するべきだと思う。
骨格のラインは、それだけでその文章の論理の展開がわかるようにする。
骨格の補充は、骨格ラインから一文字下げて書くことにする。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年05月24日 | Permalink

自分とどう関係するのかに限定して考察する。

物事の統合的な理解は大事だが、大きな問題については、その全体を考えようとしすぎるところに問題があるように思う。
大きな問題についても、それが自分とどう関係するのかに限定して考察すればよい。
このことによって省略できるところも多く、時間の節約になるのではないか。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年05月18日 | Permalink

時間泥棒

ミヒャエル・エンデの「モモ」に灰色の男たちが登場する。灰色の男は時間の倹約を始めることを勧めるが、結果的には時間が盗まれていたと考える。
それは、近代において時間の節約をして得をするのは、個人ではなくシステムの側だとされる(NHK 100分de名著41ページ)。
時間泥棒と言うのは、いろいろな場面で想定できるが、私にとっては、長過ぎる本も時間泥棒の1人だと思える。
自分の時間を楽しみに使うように本を読むのであれば良いかもしれない。しかし、本を読むことで自分の行動を変えたいと言う場合は、長すぎる本は、理解するのに時間がかかり、行動に移す移せなくなってしまう。
長すぎるだけでなく、本の展開の仕方がよくわからない場合、後からその本を読み返して、参考になる箇所を見つけることが難しくなってしまう。
展開の仕方がわからない本と言うのは、問題をゴロゴロと転がしたように書いた本だ。
実用のためには、論理の展開が読み取りやすいこと、同位のものとして並べられるものが何かわかりやすいこと、が必要だ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年05月10日 | Permalink

同時並行

1つの苗だけを植えて、それが無事大きく育ちますようにと願っているだけではいけない。
同時にいくつかの苗を植えて、その生育を確認しながら育てていく必要がある。
多くの人は、いろいろなチャンス、選択肢のうちの1つだけをとらえて、それだけで進めようとする。
しかしそのやり方は、リスクが高い。
同時に3から5個のやり方を進め、比較する中で、その優劣が実感としてわかるようになってから、一番良い方法に絞っていくことは良いと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年05月07日 | Permalink

守りを考えた一族運営

一族全てが、自分と同じような性格・能力であることを前提として、その運営を組み立てることはできない。
体を張って積極的に事業を展開した者にとっては、そうでない人は歯がゆい存在だろう。
しかし一族にはいろいろな能力が必要であり、多様性を前提として将来を考える必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年04月27日 | Permalink

基本書

子孫や後輩のために、基本書になるようなものをまとめる必要があると感じている。
どのような本を読むかと言う事は、それぞれの人の判断に任せられるべきだと思うが、学校での教科書のように、その知識があるとその後の人生がより良くなるものは必要だろう。
学校で使われる教科書は、多くは卒業してしまえば二度と読む事は無いことがほとんどだろう。重い教科書をランドセルやカバンに詰めて学校に通ったことが、思い出としては残るのかもしれないが、何らかの効用として後の人生に役立つものである必要がある。
こうした観点から考えると、学校の教科書は、根本的に作り変える必要があると思う。
例えば歴史であれば、政治的な出来事が大昔から時間順に並べられている。
しかし、現在ある有用なものがいつからできてきたのかと言う判断の仕方が必要だと思う。
国語であれば、人に何らかのものを伝える文書は、どのようなものである必要があるかが明確であるべきだ。
英語や数学は、その後の人生によって人それぞれであろうが、道具として使える必要がある。
地理、地学は、これも道具として使える程度で良いのではないかと思う。
古文、漢文は、専門家への入り口としてある程度のものがわかれば良いのではないかと思う。古文の文法などは、一般の人がそれに習熟する必要は無いと思う。
それよりは、古典を現代語訳してもっと読みやすくし、現代に利用する道を探した方が良い。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年04月22日 | Permalink

新しいことをどのように見つけるか?

コロナで旅行に出ていない自分を振り返ったとき、何か新しい試みをするためにはどうしたら良いか?
ブラウザの中に保管されている自分のお気に入りのサイトは、自分の考えを作る成分のようなものである。
こうしたお気に入りのサイトは、フォルダーで分類し管理しているが、この分類方法を見直してみることは有効だろう。
暇があると、このようなことを考えないといけなくなる。
このことは、若い人には、暇人の道楽のように感じるかもしれないが、いざその年齢になると、非常に重要なことだ。
若い人でも、暇を感じるときはあるのではないだろうか。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年04月13日 | Permalink