プロフィール

・昭和31年(1956年)生まれ
・昭和56年3月 東京大学法学部卒業
・昭和56年4月 司法研修所入所(第35期)
・昭和61年4月 前川法律会計事務所を開設
・平成 9年3月 セントラル法律事務所を開設
・平成 9年4月 名古屋弁護士会(現、愛知県弁護士会)副会長

紙ベースの資料

紙ベースのファイルの整理をしていると、現在の自分の課題を整理できる。
課題の歴史を知ることもできる。
課題であると考えていたものが、ほとんど必要のないものとなっていることに気がつくこともある。
紙ベースは、かさばるし、扱いにくい点もあるかもしれないが、取捨選択、並べ替えの点では便利だと思う。
こうした機能ができるのはTrelloトレロだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年10月19日 | Permalink

物に対する価値観が変わってきている。

故人や引退した人が集めたコレクションは、残された人に関心がないものであると、ずいぶんぞんざいに扱われる。
その原因は、下記の通り。
 保管するスペースが足りない。
 立体物は、かさばるものであるのに、残し方が考えられていない。
 コレクションが、将来残される人の目に触れていない。
 由緒や集められた理由が明確でないと、関心をもってもらえない。
残された人に大事にしてもらうためには、上記の逆をしなければならない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年10月13日 | Permalink

山本五十六の名言

1 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。
2 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
3 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。
1とそれ以降では、ずいぶんと差があると感じる。
1が対象とする部下の姿は、あまりに受身だ。それだけ部下というものは、動かないものだということだろうか?
また、1以降は、あまり知られていないのは、そこまで来ている部下は少ないということだろうか?


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年10月05日 | Permalink

過去の記録をどこまで残すか?

過去の記録は、先祖の苦労として子孫に読んで欲しいためである。
しかし、どの範囲で残すかは、常に葛藤を生じる。誰しも保管を仕事として生きているものではない。本来の仕事の傍らで判断し、保管しなければならない。
どの記録を残したら良いのかという点について、現在の時点ではわからないことも多い。
しかし、記録が多すぎても読まれることはないため、制限は必要である。
時間をおいて整理し直すことは必要だと思う。
しかし、そのときどのように考えて保管したかということも重要な場合もある。
保管場所の問題はいつも生じる。
しかし、紙ベースで保管をしなければならない時代は過ぎ去るだろう。電子空間であれば、スペースの問題は、まずないだろう。
ただし、物そのものが持つ歴史的存在感は、重要である。物として残すことも考えるべきだ。
記録は、自分だけで利用するものではない。後継者と共同利用してこそ意味がある。
しかし、時空を超えて、子孫・後継者と共同で利用することもありうる。
記録は、データとしての意味合いのものもある。
預金通帳は、電子化されれば、保管のためのスペースは不要だ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年09月28日 | Permalink

もっと略式の説明もあるべきだ。

コロナ対応のために、例えば手洗いの説明をする時、隅々まで十分な時間をかけて洗うことを求めている。
しかし、それは、源氏物語を一文字もおろそかにせず読みなさいと言っているように聞こえる。
物事には、完全なやり方もあれば、略式のやり方もある。
最初から略式のやり方を説明してしまうと、多くの人は、そこからさらに手を抜いてしまうという懸念があるのかもしれない。
しかし、それは、上から目線であり、人をみくびった考え方だ。
略式であっても全く効果がないわけではないので、その点の説明はするべきだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年09月15日 | Permalink

無人企業の運営で進むのか、チームを率いて進むのか。

無人企業といっても、誰かがマネジメントをしなければいけないので、個人ないしその家族の企業と言うことだ。
これに対して人を雇用する場合、それはチームの問題となる。
無人企業で行くのかチームで行くのかは、なかなか難しい問題だ。
人を雇用すると言うのは、労働法では、雇われる人は保護されており、その規制は経営者にとって簡単ではない。
不適当な人を雇用した場合、それに関わる労力は大変なものとなる。
しかし、大きなビジネスを行うためには、自分1人では簡単なことではなく、人を雇用する必要がある。
起業家は、常にこのジレンマがある。
企業が、個人事業主に委託するという(雇用ではないとする)形式を考える人も出てくるだろうが、雇用かどうかは、形式だけで判断されるものでもないだろうとは思う。しかし、形式を整え、行けるところまで進むと考える人が出てくるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年09月09日 | Permalink

美術品の価格

美術品を原価でとらえようとすると、材料費は知れたものであるから、入手費用が中心となる。
しかし、美術品の評価は、人により大きく異なるし、時世の影響も大きい。
このため、入手費用を原価として頭に置き、前の持ち主がいくらで取得したかまで考え始めると、何も買えなくなってきてしまうだろう。
美術品は、自分で評価して、購入するしかないものだと考えるべきだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年09月01日 | Permalink

文学作品の漫画化

文学作品は、最初から最後まで読もうとすると、それなりの時間を要する。
それに比べると、漫画は、速く読める。
これは、漫画にした人の要約があることによる。
 要約は、ストーリーのピックアップ
 情景の画像化
漫画化は、いろいろな版が可能となる。
文学作品を時間をかけて味わうことも一つの道だが、速く全体をつかむことも別の道だ。
そもそも時間をかけて文学作品を味わっても、頭に残る部分は限定される。
時間を消費するだけなのか、自分に何らか役立てるのか、の選択の問題がある。
 原典に直接当たることが、どこまで重要か。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年08月25日 | Permalink

不動産以外に、お金を持っていく先

不動産は、基本的に自分で利用するものを確保すると考えるべきかもしれない。
大陸のように他民族が押し寄せる場所であればともかく、日本では、不動産の安全性は高いかもしれないが。
不動産の将来に対する考え方
人口が減少すれば不動産の需要は減ることは確か。
在宅勤務が普通になれば、事務所は今ほど必要がない。
お金のをどこに置くかは、換金が容易であるものを考えるべきだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年08月19日 | Permalink