プロフィール

・昭和31年(1956年)生まれ
・昭和56年3月 東京大学法学部卒業
・昭和56年4月 司法研修所入所(第35期)
・昭和61年4月 前川法律会計事務所を開設
・平成 9年3月 セントラル法律事務所を開設
・平成 9年4月 名古屋弁護士会(現、愛知県弁護士会)副会長

木の成長

鳥海山のふもとにあるブナ原生林の森に、あがりこ大王があるが、その木は、300数十年ほどの時間であの大きさになったという。
それに対して、種から生まれたばかりの木の苗は、5年たってもせいぜい十数センチメートル位である。
しかし、小さな木の苗も少しずつ成長し、他の植物よりも高くなり、葉を茂らせ、太陽の光を浴びることができるようになると、一気に成長するようだ。
このことは植物だけでなく、社会の全般に当てはまることのように思う。
企業であっても、起業した時は小さなものかもしれないが、ある一定時点で安定した収益を得られるようになってくると、その得られた収益をもとに大きく成長していくことができる。
植物だけでなく、すべてのものに当てはまる1つの原則をよく理解し、努力しなければならないだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年03月12日 | Permalink

円空

円空は、「提婆達多品(だいばばったぼん)」の説く「女人成仏」の経典から、母の成仏を確信したとされる。
その確信がきっかけとなり、円空は、心が晴れ晴れとして、なんのわだかまりもない清々しい日本晴れのような心境となったとされる。
しかし、昔の人は、成仏ということへのこだわりに縛られていると感ずる。
現代の科学の世界では、このような縛りはないだろう。こうした縛りがないことによる自由さは重要だと思われる。
逆に、こうした縛りがなくなった世界での仏教の意味が問われる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年03月04日 | Permalink

龍の子

昔の人が、龍からは龍が生まれなかったとしている点は興味深い。
 龍は、生まれながらに龍であったのではなく、龍へと成長したのである。
龍の子9匹はいずれも龍になれなかったのであり、龍となることは容易なことではないとわかる。
しかし、龍の子の第一子である贔屓(ひいき・ひき)は、重きを背負うことを好むとされ、重いものを背負って維持するといけないう性格となっている。龍にはなれなかったものの、自分自身のできることを成し遂げたといえるだろう。
龍から龍は常に生まれるものではないこと、龍になれなかったとしてもその個性に合った役割はあることなど興味深い。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年02月16日 | Permalink

リスクの確率

世の中には、何らかの問題点があると、それが絶対的な大問題であるかのように強調し、問題のある行為をやめめさせる動きが起きる。
 コロナ禍のときも、ゼロコロナでなければならないかのような発言をし、経済活動そのものをやめさせる動きをしたグループもある。
医学的な問題と経済的な問題とバランスを持って調整する機能が、そもそもなかったと思う。
大阪万博でも、メタンガスが検出されて、その爆発が問題と指摘する声も多かった。
 もちろんその問題を全く軽視するしてはいけないだろうが、そのリスクと万博を実施することによる成果等バランスをとって考えるべきだろう。
1人の命は地球よりも重いなどという発言があるが、価値判断を誤っているとしか思えない。
 生命の問題があるならば、それ以外のあらゆる事柄は全て実施してはいけないと考えることは、社会的に大きな損失となるだろう。
現代社会は、あらゆるリスクを強調し、ネガティブキャンペーンを行うかのように動くが、そのリスクの確率を考えて、自分が進むべき道を決めていかなければいけない。
逆に、ネガティブな発想だけの人が多ければ、競争は少なくなり、ポジティブな人は楽になるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年02月04日 | Permalink

人吉温泉

人吉温泉に1泊し、2日間にわたって市内を歩き回った。
外湯が5つほどあり、温泉旅館の湯も楽しめる。
また、国宝の神社(青井阿蘇神社)、幽霊寺(永国寺)、人吉城跡もあった。
HASSENBAもあり、日本三大急流の一つである球磨川で、木舟に乗り、比較的穏やかな区間を楽しめる。
旅に出たとき、こうして歩ける範囲で歩き回ることが好きだ。それをすることによって色々と気がつくことがある。人吉市のイメージとしては、次の2つがある。キジ馬と花手箱。
こうした伝統的な1つの形・色彩があるのは、その町にとって非常に良いことだと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年01月27日 | Permalink

エリートの自覚(生き方)が求められる。

学歴(学校歴)やエリート意識は、マイナスイメージがついている。
しかし、事業主感覚は、エリート感覚と共通するものがあり、エリートの自覚は必要だ。
エリートの条件としては、自由であることと言っていい。
 自由であるためには、収入や指揮命令系統の点が問題となり、定年がないことも重要な点だろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年01月15日 | Permalink

謹賀新年

昨年は、2つの経験が印象的でした。
1つは、大阪・関西万博で、大阪ヘルスケアパビリオンにおいて、リボーン体験をすることができました。写真などのデータから25年後の自分のアバターを作ってもらい、対面するという体験です。
25年後の自分は、最後に、私に向かって少しにっこりとし、会釈をして終わりました。このとき、25年後の自分に会ってみたいものだと感じたものでした。しかし、25年後の自分は94歳になっていて、どんな対面になるのでしょうか。
2つ目に、国立国会図書館デジタルコレクションで、自分の曾祖父の名前を入れて検索したところ、実用新案をとっている人であることがわかりました。書籍の中で名前が掲載されていると、あまねく検索してくれるようです。こうした経験をし、記録として残っているものの意味が、将来重要であると感じたものです。
2026年 元旦


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年01月07日 | Permalink

美術への提案

皆に価値があるという美術品は、そもそもないのかもしれません。
人目に触れたことで、そのボリュームで価値が生まれることはあり得るでしょうが、それが減れば価値もなくなっていくものと思われます。

美術品は、その人が何らかの関与をしなければ、その人に価値は生じないと思われます。

美術品だけでなく、ご先祖様から残されたものについても、子孫が、ご先祖様を考える仕組を作ることを提案します。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2025年12月24日 | Permalink

抽象美術

カウズが顔の目のところに×点をつけるのは、変動する数値を入れるX(エックス)のようにも思え、表情を変動させていけるものとしてとらえていると感ずる。
特にカルバンクラインのポスターに、×点や縁取りをしており、写真の色彩を薄くしたものも合わせ見ると、表情を可変的にとらえる手法のようにも思える。
それは、人間の抽象化でもある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2025年12月17日 | Permalink

アート作家は、自分の考えるところを文章にしている人と、それがない人に分かれる。

ものを見るということを重視して、作品を作った作家は、現実の情報量に戸惑うようであり、そこから何らかの文章が生まれてくる。
これに対して、ものを見るということよりは、自分の体で表現するというタイプの作家は、文章になってこないようだ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2025年12月05日 | Permalink