プロフィール

・昭和31年(1956年)生まれ
・昭和56年3月 東京大学法学部卒業
・昭和56年4月 司法研修所入所(第35期)
・昭和61年4月 前川法律会計事務所を開設
・平成 9年3月 セントラル法律事務所を開設
・平成 9年4月 名古屋弁護士会(現、愛知県弁護士会)副会長

資産効果のない株高

株が高くなったからといって、財布の紐を緩めるのか?
不況下の株高は、マネーの価値が下がっていることを意味する。
マネーの価値が下がっていることを感じるならば、少しでも価値があるものを選択するだろう。株式でも、流れに乗ったものと乗っていないものが出てきており、企業評価の2極化が進んでいるのは、このためだ。
そこには選択があり、やみくもに財布の紐を緩めることはないだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年01月13日 | Permalink

遺産分割

遺産分割で揉めることが問題となっている。
問題は、決められない事にある。
 遺言は、遺留分を考えて行えば決められる制度である。
こうした場合、会社制度の利用を考える必要がある。
住宅を個人所有する事は考え直すべき。
 税法上の特典もあるが。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年01月08日 | Permalink

謹賀新年

 コロナ禍は、自分の人生の中でこのような事態に遭遇するとは考えておらず、驚きました。しかし、1722年にイギリスで出版された記録文学である「ペスト」を読むと、人間の対応はあまり変わっていないとも感じられ、落ち着いてとらえる必要があると考えています。
 コロナ禍の影響で、いろいろなことが生じました。  マスクの着用、Web会議(交通機関の利用の減少)、持続化給付金などの各種支援金(税金の投入)が私にとっては大きな変化でした。この変化は今年も続きます。65歳になる今年は何らかの区切りの年だと考えていましたが、状況をよく観察することが必要だと感じています。

2021年 元旦


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年01月05日 | Permalink

都市に住む意味は、何か?

都市は、消費の場だ。
  消費の場という事は、楽しめる。
 したがって、誰しも都市の生活に憧れる。
ところが、その先に新しい展開をすることができるかどうかが大事だ。
 知は、孤独から生まれるが、他の人に伝わらなければ自己満足に終わってしまう。
 したがって、誰しも都市を目指す。
結局、知を作り出すことと知を伝えることを同時に行える場所が良いことになる。
 都市に住んで、消費だけに流されない生き方が求められる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年12月18日 | Permalink

必要な分量

初めからある程度の分量が前提とされたものは、注意が必要だ。
例えば本。
商品としての価値から、ある程度の分量が昔から想定されていた。
しかし、こうした分量が当然と考えることは改めるべきだ。
必要な分量に限定する必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年12月10日 | Permalink

数値で決めると言うのはどういうことか?

数値で決めると言う事は、結果で決めると言うことだ。結果が出るまでの努力が相当あっても、結果が出なければ、努力が反映されることはない。
このことは競争社会では、当然のことであると受け止められるだろうが、現実の社会では、極めて酷なこととして受け止められるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年12月04日 | Permalink

努力すれば報われるか?

多くの人は、相当な努力をしたときは、何らかの見返りを求めるものだ。
しかし、現実の社会では、努力したからといって報われるものではない。
これは自分が努力した以上に、他の人が努力した場合、その人が成果をとってしまうので、自分の努力が報われない結果となる。このことは競争社会では、当然のことであると思うが、学校教育の中では教えられないことなので、多くの人は理解していない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年11月30日 | Permalink

古典を、現代語訳でよいので、もっと読むべきだ。

学校の授業は、古文の場合、古語にこだわりすぎていると思う。漢文の場合も、読み下しに力点が行き過ぎている。
現代語訳でよいので、もっと古典の全体を読むべきだ。そうすることにより、古典から得るものは多いと思う。
古典の一部分を、古語の意味や品詞の分解に気をとられて読むのは、結果的に、全体を読むことができなくなり、興味を失うのではないかと思う。こうした読み方は、もっと専門化した立場の人でよい。
全体を読むことにより、作者の根本の考え方をとらえた方が、身につき、役立てることができる。日本の文献であれば、日本の根本を知覚することもできるだろう。漢文であれば、当時の中国の考え方も理解できる。
お経も、本来、内容を理解するべきだと思う。声による響きを味わっても良いが、内容を理解してからだろう。
西洋では、宗教改革で聖書についてドイツ語訳が行なわれたように、日本でも、現代語訳が行なわれる必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年11月18日 | Permalink

本の中身を限定しながら読む。

本は出版される全冊数を読むことはできない。
1冊の本の全部を読むことすら困難だろう。
本は読むことに目的があるのではなく、本を読んだ結果として何か行動を起こすことに意味がある。したがって、1冊の本ですら読むことだけに時間を費やすことはできない。
こう考えてくると、1冊の本の読むべき場所を何らかの方法で限定しなければならなくなってくる。
読むスピードを上げて全部を読むという道もあり得るが、普通の人には、何か行動を起こすことを考えながら、同時に速読する事は難しいと思う。
限定の仕方は、厳密な方法を決める必要はなく、ざっくりしたものでいい。
気分次第で選べばいいし、全体の構成を考えながら選んでもいいし、たまたま読んだところを神様から与えられたものだと考えてもいい。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年11月09日 | Permalink