プロフィール

・昭和31年(1956年)生まれ
・昭和56年3月 東京大学法学部卒業
・昭和56年4月 司法研修所入所(第35期)
・昭和61年4月 前川法律会計事務所を開設
・平成 9年3月 セントラル法律事務所を開設
・平成 9年4月 名古屋弁護士会(現、愛知県弁護士会)副会長

待つためには、その間に何をするか、工夫が必要だ。

株式・不動産を買うにあたって、これから数年は価格の下降が予測されるのであれば、十分に待つことが必要となる。

しかし、これがなかなか難しい。

待つ間に行うことが、何か必要だ。

趣味があれば、それに没頭するのも良い。
スポーツ、温泉、旅行

しかし、仕事中心で趣味もないということであれば、工夫が必要だ。
勉強という手もあるかもしれない。

何か新しいことに気づき、それを深めるのが良い。
何事も効率的に行うことを常に考えていると、新しいことに気づきにくい。
 
「効率」を何らかの方法で、はずすことを考えたい。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年01月14日 | Permalink

謹賀新年

2019年は、WeWork 、OYO 、Compassなど新しい企業のビジネスモデルが話題になりました。従来のモデルと同じではないかという批判がありましたが、AI 、IT技術などのプラスアルファの面は十分に明確とは言えず、何が強みなのか混沌とした状態のように思います。
しかし、スマホが世界的に結びついた時代であることは明確になってきています。紙ベースで考え、集積する従来の方法は大きく変更せざるをえない状況です。
教える方法もセミナー形式の集団的方法ではなく、YouTubeなどを利用した時間と場所を問わない方法が強くなってきています。
新しい言葉が多く、ポイントを押さえるのが難しい点もありますが、「情報弱者」とならないように努めたいと考えています。
2020年 元旦


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年01月07日 | Permalink

文化を体験する方法

文化を地域ごとにまとめた本は、役に立つ。
温泉、庭園、陶磁器、漆器、美術館、美術家集など
お遍路も同じ狙いがある。

行った先をチェックすることで、体験の全体観を持つことができる。

関心があることを、ただやみくもに経験しても、その全体観を持たなければ、自信をもって深めることができないと思う。

もちろん、最初は、1つずつ経験していくことになるだろうが、それを記録として蓄積しておくと、探すために、どこかで分類する必要が出てくる。
この蓄積が、全体観につながるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年12月24日 | Permalink

分類は、全体をつかむための手段だ。

分類は、カテゴリごとに分割していくイメージが強い。

しかし、分類は、分割してバラバラにすることが目的ではなく、全体を統合して把握するために必要だから行う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年12月16日 | Permalink

自分を形作る成分は、何だろう?

自分を知らせるものとしては、自分が書いたもの、読んだもの、集めたもの、写真・映像などだろう。
その集積から知ってもらうしかない。

書いたもの、読んだものは、ある程度、カテゴリにより分類している。
この分類の仕方も、自分を知ってもらう材料だ。

こうした材料から、自分を構成してもらうしかない。
その点で、成分だといっていい。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年12月06日 | Permalink

コレクターとは、自分で使える・楽しめる以上の数を入手した人だと思う。

自分で使える・楽しめる以上の数を求めるのは、どこかで飛躍がないとできないことだ。
「使える」と「楽しめる」とでは、その範囲に差があるかもしれない。
ちょっと楽しむだけならば、使いこなすよりは、対象を広げることができるだろう。

その飛躍があることによって、多くの人に役立つことはあるから、飛躍は意味がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年12月02日 | Permalink

気になった新聞記事

新聞は、紙で見る時代ではないのかもしれない。
電子版がある。
 検索は、電子版を利用することになる。

しかし、切り取った記事を集め、どこかの時点で自分なりのカテゴリを設定して、分類することも意味があると考えている。
カテゴリは、適宜見直し、分類も変えていく。

この方法は、無体物を物として扱うことに結び付く。
ものとして扱うことで、1枚の絵の中の、絵の具の一筆のタッチのようになる。

記事を集めたファイルをながめる(読み返すよりも作業時間は短い)ことで、新しい気づきが生まれる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年11月18日 | Permalink

建築家が作った個人住宅の作品集を見て、思うこと。

建築家は、どうしても見栄えを重視すると思う。
もちろん、見栄えの良い家を求める人が多いからだろう。

しかし、生活感のない家を見ると、そこで何をするのだろうと思ってしまう。

また、その大きな家に、何人で住むのだろうと思ってしまう。

家族の構成は、時間とともに変化する。
子供は、独立していく。
配偶者を亡くして、一人で住まなければいけないことも想定する必要がある。
自分も出ていくこともありうる。

特別に設計した家は、他の人が利用しにくい。
大きすぎることもある。
 冷暖房、掃除など大変だ。
大きな家に住みたいという人は、自分で設計したいと思う。他人が設計した家には住みたくないようだ。
 大きな家は、空き家になると、壊されることが多い気がする。

結局、個人の住宅は、他の人も利用できるように設計されるべきだと思う。
家は、見栄えではなく、ある程度抑制された設計の中で、住む人が十分に利用することを考えるべきだ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年11月11日 | Permalink