エリートの自覚(生き方)が求められる。
学歴(学校歴)やエリート意識は、マイナスイメージがついている。
しかし、事業主感覚は、エリート感覚と共通するものがあり、エリートの自覚は必要だ。
エリートの条件としては、自由であることと言っていい。
自由であるためには、収入や指揮命令系統の点が問題となり、定年がないことも重要な点だろう。
学歴(学校歴)やエリート意識は、マイナスイメージがついている。
しかし、事業主感覚は、エリート感覚と共通するものがあり、エリートの自覚は必要だ。
エリートの条件としては、自由であることと言っていい。
自由であるためには、収入や指揮命令系統の点が問題となり、定年がないことも重要な点だろう。
神様の前で祈るとき、神様に届くようにという意味からか、多くの人は柏手を強く打つ。
私は、小さく打ったからといって、神様が気がつかないということはないのではないかと思うが。
また、神様の前で2礼2拍手1礼をした後、手を合わせて祈っている時間が長い人が多い。
多くの人が並んでいる中で、自分のために多くの時間をとって祈っている人が多い。神様に強く祈ったり、長く祈ったりすることにが効果があるとでも考えているようだ。
さらに、神様の正面で祈ろうとする人が多い。
(こうした状況を見ると、そうすることによって、多くの人は生存競争をしているように見える。)
しかし、それは神に対する信頼のなさのように思われる。
神様の正面でなければ祈りが届かないというものではない。自分の周り全体が神なのだと考えれば、正面からずれたところで祈ってもなんら差はないと考える。
大阪・関西万博でリボーン体験をしてから、25年間生きることを強く意識した。
しかし、25年を5年ずつ5回に区切って、何らかの計画を考えてみたが、ぴったりくるものが思いつかなかった。
68歳から未来への計画は、これまで期間を区切った計画を考えてこなかったからである。
25年間を過ごすにあたって、もう少し何らかの具体的なプランを見つけたいと思う。
多くの人は、1点差の負けから、その後、負けが続いていくことを知らない。
一戸建てとマンションを比較したとき、1番感じるのは、広さの違いだ。
もちろん、十分に広いマンションはあるが、こうしたマンションは価格が高いだろう。
世の中の人は、ものを持たない主義の人もいるし、標準的な広さがあれば、充分だと考える人もいるのだろう。
しかし、私なりに自分の好みで購入したものをまとめていくと、それなりに気がつくことも多く、楽しむことができる。
牧野富太郎の書斎、標本室、書庫などを見れば、広さが必要なことは、明らかだろう。
したがって、広さはそれなりに必要だと考えている。
絵画は、というよりも、絵画だけでなく、すべてのものについて、身近におけるものは身近において楽しむと良い。
植物を育てることは、短期思考に陥らないために必要だ。
抽象表現も直ちに理解するということができない点で、短期思考に陥らないことに役立つのではないか。
私は、学習の方法として、学生時代からテキストを自分のノートに新しくメモし、体系立てて、それを覚える方法を中心としてきた。
しかし、テキストに記述されたものをノートに写すことなく、テキストの位置で覚え、頭の中で組み立てるという方法もあると考えている。
試験勉強としては、キーワードを明確にし、それを漏らさないようにするためには、前者の方法が優れていると思われるが、多くの文献を読みこなすためには、まずはテキストそのものの位置でポイントを押さえる方法を取る必要がある。
日本国内を各地旅行し、その地域を楽しみ、気に入ったものを購入し、家に帰ってから、ふるさと納税でその地の産品を探して、納税する。
庭に植えた植物は、Excelで一覧表にしてまとめている。
存在のありなしと開花の月で並べ替えをしている。
庭仕事をしているときに、植物の状態に気をつけ、できるだけ名前を覚えるようにしている。
Excelの一覧表は適宜見て、名前の確認をして楽しんでいる。
ボケないための方法(脳トレーニング)だと考えている。