神迎(かみむかえ)神事

出雲大社の西方約1キロの稲佐の浜で、全国の神々をお迎えする「神迎(かみむかえ)神事」が執り行われる。この神事の後、到着された神々は御使神「龍蛇(りゅうじゃ)神」をご先導として出雲大社まで御神幸される。そして、拝殿にて奉迎の神迎祭が行われる。
稲佐の浜斎場で参列した人も、多くは出雲大社へお供する。
このとき、多くの人が、暗がりで段差もある道を歩くため、また、歩く速さも違うため、ぶつかったり、足を踏まれたりする。
その全体の姿は、世の中の姿のようだと感じた。
怒声をあげる人はほとんどいないが、迷惑をかける人は多い。

こうした夜に集団で歩くという経験は、それなりにしている。共通した感覚がある。
長崎精霊流し
永平寺町大燈籠ながし
若狭神宮寺からの松明行列、鵜の瀬でのお水送り神事
臼杵石仏火まつり


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年09月10日 | Permalink

生き方の発見

いくつの年齢になっても、生き方の発見に努めるべきだ。特に年齢を重ねるにつれ。
旅についても、自分にとってどのような旅が可能なのかを考えるべきだ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年09月01日 | Permalink

弁護士の存在価値

若手弁護士と話をしていると、最近の弁護士は、AIを利用した作業をするようになっている。
このような時代になったとき、弁護士になった自分としては、一体弁護士とは何なのかということを考えてしまう。
しかるべき文献などを根拠に理屈を説明することが、AIにはできるだろうが、弁護士の仕事がそれだけであるとするならば、AIに飲み込まれてしまうだろう。
弁護士は、紛争の解決の現場を見てきていて、ジャッジ(裁定)ができることに存在価値があるのではないかと思う。
こうした経験があるのだという実績・雰囲気(2つの言葉は違いすぎているが)が、弁護士としては必要なのだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年08月21日 | Permalink

本の整理

自分が持っている時代を表す本を、1970年代から今日まで、年代順にほぼ全て並べ替えた。
 歴史の本であったり、人物に関する本などは、時代を表すものとは趣旨が少し異なるため、除外しである。
 また、不動産関係など、テーマごとの本は除外してある。
これまでは、本は、テーマごと、著者ごとにまとめていた。
こうして自分が持っている本を並べることで、自分なりに作った歴史年表と対比することが可能となった。
 また、本の時代性を把握しやすくなった。
本は、自分自身の問題意識から選ばれているため、自分の問題意識を振り返ることもできる。
学生時代を終え、社会に出たのが1980年頃であるため、それ以降の本と自分の体験した時代とを比較することで、各年代を把握する1つの方法となるのではないかと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年06月16日 | Permalink

年齢とともに何を変えるか?

最近、我が家に残る資料を整理し、その流れをまとめていると、自分のしてきたことについて抜けが多いことを感じる。
同時に多くのことをに対応することが難しくなったといえる年齢になって、小さな抜けは多くなっていると思う。
しかし、大きな流れや体系を重視して考えていき、小さな抜けは、目をつむらざるを得ないことも多いと感じる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年06月04日 | Permalink

不思議なことが起こるのは、なぜ?

歳をとって、最近、不思議なことが起こるようになった。
しかし、不思議なことが起こるとは、どういうことか?を考えてみた。
歳をとると、1部の記憶が抜けてしまうことが起こるようだ。
普段から、全体の流れや体系を考えて行動している場合、1部の記憶が抜けることによって、その点が不思議なことに思える。
逆に、全体の流れや体系を意識せずに行動しているならば、1部が抜け落ちても別に不思議には思えないだろう。
したがって、不思議なことが起こると感じるのは良いことなのかもしれない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年05月25日 | Permalink

怪我

ある一定の年齢になると、話題は健康の話が多くなる。特にまだ若い頃は内臓関係の健康である。
しかしもっと歳をとってきて、70近くなると転んで怪我をすると言うことが増えてきてると思われる。怪我は充分注意しなければいけない。
特に山登りをしていた人でもある時ゴルフをラウンドしたところ、急に膝が悪くなったと言うケースを聞いた。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年05月11日 | Permalink

エリートの自覚(生き方)が求められる。

学歴(学校歴)やエリート意識は、マイナスイメージがついている。
しかし、事業主感覚は、エリート感覚と共通するものがあり、エリートの自覚は必要だ。
エリートの条件としては、自由であることと言っていい。
 自由であるためには、収入や指揮命令系統の点が問題となり、定年がないことも重要な点だろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2026年01月15日 | Permalink

神に対する信頼

神様の前で祈るとき、神様に届くようにという意味からか、多くの人は柏手を強く打つ。
 私は、小さく打ったからといって、神様が気がつかないということはないのではないかと思うが。
また、神様の前で2礼2拍手1礼をした後、手を合わせて祈っている時間が長い人が多い。
 多くの人が並んでいる中で、自分のために多くの時間をとって祈っている人が多い。神様に強く祈ったり、長く祈ったりすることにが効果があるとでも考えているようだ。
さらに、神様の正面で祈ろうとする人が多い。
(こうした状況を見ると、そうすることによって、多くの人は生存競争をしているように見える。)
しかし、それは神に対する信頼のなさのように思われる。
神様の正面でなければ祈りが届かないというものではない。自分の周り全体が神なのだと考えれば、正面からずれたところで祈ってもなんら差はないと考える。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2025年11月25日 | Permalink

大阪・関西万博でのリボーン体験

大阪・関西万博でリボーン体験をしてから、25年間生きることを強く意識した。
しかし、25年を5年ずつ5回に区切って、何らかの計画を考えてみたが、ぴったりくるものが思いつかなかった。
68歳から未来への計画は、これまで期間を区切った計画を考えてこなかったからである。
25年間を過ごすにあたって、もう少し何らかの具体的なプランを見つけたいと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2025年10月16日 | Permalink