気になった新聞記事

新聞は、紙で見る時代ではないのかもしれない。
電子版がある。
 検索は、電子版を利用することになる。

しかし、切り取った記事を集め、どこかの時点で自分なりのカテゴリを設定して、分類することも意味があると考えている。
カテゴリは、適宜見直し、分類も変えていく。

この方法は、無体物を物として扱うことに結び付く。
ものとして扱うことで、1枚の絵の中の、絵の具の一筆のタッチのようになる。

記事を集めたファイルをながめる(読み返すよりも作業時間は短い)ことで、新しい気づきが生まれる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年11月18日 | Permalink

不動産を取得する場合、自宅から考えるべきか、収益物件から考えるべきか?

初めて不動産を取得する場合、多くは自宅として利用することを考えてだろう。
私もそうだった。どうしてもマイホーム志向がある。

しかし、自宅を取得してから、収益物件を取得してみると、振り返って、自宅と収益物件の順序を考え始める。

自宅の形は、そもそも、年齢とともに変化する。
親と一緒に生活しているとき、独り身のとき、結婚しているとき、子供が家にいるとき、子供が独立するとき、老夫婦になったとき、独り身の老人となったときなど。
自宅は、自分の仕事との関係でも、変化する。

生まれ育った故郷がいいという人もいるだろうが、自分の仕事との関係で、住まいは移転していくべきだろう。

収益物件があれば、気に入らない仕事をする必要はなくなることに気が付く。

収益物件は、次の収益物件を取得することを容易にする。

自宅は、自分たちで使わなくなったときは、人に貸すことができるものにするといい。
そのためには、規模、間取り、デザインなどを特殊なものにせず、適切な賃料で借りてもらいやすいものとする必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年10月18日 | Permalink

頭の中だけではなく、物やスペースなど、実際の生活の姿をとらえるべきだ。

コンクリートの中の住まいからコンクリートの中の仕事場まで往復し、その時間を最短にすることだけを考える生き方ではなく、豊かな自然や、物語のある物・環境を、どのように作るかを考える生き方をした方が、豊かだと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年10月10日 | Permalink

歳をとってからの本の読み方

歳をとって気がつくことは、読んだ内容が記憶として定着することが、難しくなったと感ずることだ。
特にカタカナの言葉がそうだ。

歳をとって根気もなくなってきた。
本を連続して読むことが、苦痛になってきた。
当然、飛ばし読みになる。

この結果として、本の大きな構成は理解するが、個々の内容は、どこらあたりに書かれていたか探せればいいとなってきた。

もちろん、その本に書かれたことを実行するためには、内容についても理解していなければならないが、その内容はシンプルな形で、言葉として話せる程度に圧縮する。
本の内容を要約するというような、緻密で正確な形にはこだわらない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年10月04日 | Permalink

自分の行動を変える読書

読書は、大きく分けると2つのタイプがある。
1 世の中の事実について、そのとらえ方を解くもの
2 物語を展開して、1つの世界を提示するもの

1が、文系・理系の論述本
2が、小説などの文芸本

1の本は、最近では、長すぎると感じている。
2の本は、時間つぶしのような気がして、あまり読んでいなかったが、1つの世界を感じたとき、時間はかかったが、良い経験だとは思うようになった。

自分の行動を変えるためには、この2つのタイプの本に取り組む必要があると考えている。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年09月30日 | Permalink

現在の長期停滞は、富裕層が、お金を使わなくとも十分楽しめることを知ってしまったことが原因だと思う。

こだわりを作ることで、お金での評価の違いを生み出そうとする試みは、いつも行われている。
しかし、こうした「こだわり」は、「もの」のわずかな違いであることが多い。
もちろん、「もの」のわずかな違いでも、感性により、大きな違いとなることはあるだろう。

大きな違いとなるのは、その人の考え方が違ってくることにより、世の中のとらえ方が違ってくることの感動だろう。

それは純粋に知的な行為で、ある程度のお金は必要だろうが、お金が大きくなるにつれてより感動するというものではない。

このことをいったん知ってしまうと、お金をより使うことを考えるのではなく、知的価値を求めることへと進む。

こうしたことが実現するのは、一定の条件(社会の安全・安定)がそろうことは必要だろうが、それがそろった時代では、人はお金から離れていく。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年09月09日 | Permalink

特定のテーマに取り組むとき、どうするか?

資料をできるだけ集める。
この場合、時間的には、読むことができる文献になる。
資料は、そのテーマの全体・骨格を語るものが見つかると、他の資料を集めやすくなる。

そのテーマに詳しい人を調べる。
その人とテーマについて話をすることで、自分の口で、そのテーマに関する言葉を話すことができ、頭に入る。

常に、そのテーマの全体像を創り上げるつもりで、資料に当たる。
周辺の事項は、そのテーマの全体・骨格での位置づけができれば、深入りしない。

自分なりに、そのテーマの全体・骨格を理解して、資料を読み上げるのではなく、自分の言葉で話ができるようになれば、それで一応の完了。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年07月19日 | Permalink

会社を大きくするためには、量へのこだわりが必要だ。

成功した形の、あくなき繰り返しで、会社の上場は、考えていたよりは容易だと思える。
成功した形が繰り返されることで、ビジネスモデルになる。

ビジネスモデルは、意外にシンプルで、こんなに単純でいいのかと思えるくらいだ。

ただし、ビジネスモデルは、どのような環境(条件)のときに有効かの判断を誤ってはならない。

こうした判断は、金融の理解・判断が前提となる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年07月12日 | Permalink

企業の人的組成

そもそもは、無人企業を目指すべき。
 発想を得るための協議は必要だが、それは少人数とし、社外の人間と行ってもよい。

与えられる仕事をこなすだけの人は、成長しない。最終的には、お荷物になる。
年功序列・終身雇用の制度をとると、どこかの時点で、その人の成果よりも支払金額が増えてしまう。

自分が事業主であるという意識がないと、ぶら下がる人になる。
雇われた人に、事業主の意識を持ってもらうことは難しい。
 しかし、なんとか事業主の意識を持ってもらう必要はあり、数値で成果を見ることは、有効。数値で成果を見せることは、必要。
雇われた人の場合でも、自立の期間を設定することにより、事業主化ができるのではないか。  

自らが事業主感覚を持てば、やり方を間違えなければ、その方が成果が出るし、おもしろい。

経営者は、努力して得られた収益を分配するのであれば、気が楽である。
しかし、労働者は、それを簡単に認めない。
給与は、得られた収益よりも支払額の方が多くなることがある。

給与は、上がらないのは当然だと思う。
日本では、給与は、特別の事情がなければ、原則として下げられない。
給与を上げると、社会保険料が大幅に増え、事業主者負担が増える。

給与が上がらない時代は、経営者が、新しい人的組成を目指しているからだと思う。

事業主感覚を持つ人だけが参加する企業にすることを考える。
企業を作ろうとするのであれば、最初から事業主感覚を持つ人だけが参加する形とする。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年06月18日 | Permalink

すべてのものを使える形にしよう。

身の回りのものを、常に見直して、いつでも使えるようにすることは、大事だ。

書籍、資料など紙ベースのものや、道具類も、常に利用の全体像を持つべきだ。
書籍は、読んだというだけではなく、それを生かすことが必要だ。

そのためには、読んだ記録として書棚に並べておくだけではなく、書棚での配置を工夫して、いつでも引き出せることができるようにするべきだ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年06月06日 | Permalink