努力すれば報われるか?

多くの人は、相当な努力をしたときは、何らかの見返りを求めるものだ。
しかし、現実の社会では、努力したからといって報われるものではない。
これは自分が努力した以上に、他の人が努力した場合、その人が成果をとってしまうので、自分の努力が報われない結果となる。このことは競争社会では、当然のことであると思うが、学校教育の中では教えられないことなので、多くの人は理解していない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年11月30日 | Permalink

本の中身を限定しながら読む。

本は出版される全冊数を読むことはできない。
1冊の本の全部を読むことすら困難だろう。
本は読むことに目的があるのではなく、本を読んだ結果として何か行動を起こすことに意味がある。したがって、1冊の本ですら読むことだけに時間を費やすことはできない。
こう考えてくると、1冊の本の読むべき場所を何らかの方法で限定しなければならなくなってくる。
読むスピードを上げて全部を読むという道もあり得るが、普通の人には、何か行動を起こすことを考えながら、同時に速読する事は難しいと思う。
限定の仕方は、厳密な方法を決める必要はなく、ざっくりしたものでいい。
気分次第で選べばいいし、全体の構成を考えながら選んでもいいし、たまたま読んだところを神様から与えられたものだと考えてもいい。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年11月09日 | Permalink

山本五十六の名言

1 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。
2 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
3 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。
1とそれ以降では、ずいぶんと差があると感じる。
1が対象とする部下の姿は、あまりに受身だ。それだけ部下というものは、動かないものだということだろうか?
また、1以降は、あまり知られていないのは、そこまで来ている部下は少ないということだろうか?


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年10月05日 | Permalink

もっと略式の説明もあるべきだ。

コロナ対応のために、例えば手洗いの説明をする時、隅々まで十分な時間をかけて洗うことを求めている。
しかし、それは、源氏物語を一文字もおろそかにせず読みなさいと言っているように聞こえる。
物事には、完全なやり方もあれば、略式のやり方もある。
最初から略式のやり方を説明してしまうと、多くの人は、そこからさらに手を抜いてしまうという懸念があるのかもしれない。
しかし、それは、上から目線であり、人をみくびった考え方だ。
略式であっても全く効果がないわけではないので、その点の説明はするべきだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年09月15日 | Permalink

無人企業の運営で進むのか、チームを率いて進むのか。

無人企業といっても、誰かがマネジメントをしなければいけないので、個人ないしその家族の企業と言うことだ。
これに対して人を雇用する場合、それはチームの問題となる。
無人企業で行くのかチームで行くのかは、なかなか難しい問題だ。
人を雇用すると言うのは、労働法では、雇われる人は保護されており、その規制は経営者にとって簡単ではない。
不適当な人を雇用した場合、それに関わる労力は大変なものとなる。
しかし、大きなビジネスを行うためには、自分1人では簡単なことではなく、人を雇用する必要がある。
起業家は、常にこのジレンマがある。
企業が、個人事業主に委託するという(雇用ではないとする)形式を考える人も出てくるだろうが、雇用かどうかは、形式だけで判断されるものでもないだろうとは思う。しかし、形式を整え、行けるところまで進むと考える人が出てくるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年09月09日 | Permalink

業種の違い

コロナで不況だと考えて、どの業種も大きなダメージを受けると一般的に考えていたが、株式の中でも価格が上がるものがある。
世の中を見るときは、もっと注意深く見る必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年07月22日 | Permalink

リスクを取るということ

人はよくわからないものについてはリスクを取れない。
世の中には、リスクを取れる人と取れない人がいる。
自動車の運転も、リスクがある行動だ。
しかし、交通事故死があるからといって、自動車を運転しないわけではない。もちろん死亡事故を起こしたくないために車を運転しない人はいるだろう。
交通事故死があるからといって、社会も車の運転を8割削減しようとはしない。
これに対して、コロナによる死亡者は、交通事故による死亡者よりも少ないが、社会的な接触を8割削減するということで、人々の移動を厳しく制限している。
コロナによる接触の削減を主張する人は、多くはサラリーマンで、給料が削減される恐れの少ない人だ。
こうした人は、家にこもるという位のことで、具体的な痛みがない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年07月09日 | Permalink

ポジションを探す立場

個人事業主の立場は、世界のデザインを描く側ではなく、眺める側で、ポジションを探す立場だ。
社会がどうあるべきかを考えるよりも、まず自分はどうするべきかを考えるべきだという考え方も同じ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年06月09日 | Permalink

安全と安心

安全は、客観的な判断を前提とするが、安心は、それぞれの人の主観的な判断に基づく。
このため、安全なのに安心できないということや、安全でないのに安心しているということが生じる。
安全なのに安心できないとなると、過剰な安全を前提とすることになり、コストは大きくなる。この結果、負担を強いられるのは、弱者だ。
ところが、弱者が安心に一番敏感なのかもしれない。安全なのに安心できないというのは、弱者に多いと思われる。強者は、安全が崩れた場合でも、何らかの対応ができると考えており、また、それを実行できる。弱者は、何もできないところに追い込まれる。
このような状況から、強者は、コスト高を仕方がないととらえているのに対して、弱者は、コスト高を負担できないところまで放置することになる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年05月14日 | Permalink