歳をとってからの本の読み方

歳をとって気がつくことは、読んだ内容が記憶として定着することが、難しくなったと感ずることだ。
特にカタカナの言葉がそうだ。

歳をとって根気もなくなってきた。
本を連続して読むことが、苦痛になってきた。
当然、飛ばし読みになる。

この結果として、本の大きな構成は理解するが、個々の内容は、どこらあたりに書かれていたか探せればいいとなってきた。

もちろん、その本に書かれたことを実行するためには、内容についても理解していなければならないが、その内容はシンプルな形で、言葉として話せる程度に圧縮する。
本の内容を要約するというような、緻密で正確な形にはこだわらない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年10月04日 | Permalink

自分の行動を変える読書

読書は、大きく分けると2つのタイプがある。
1 世の中の事実について、そのとらえ方を解くもの
2 物語を展開して、1つの世界を提示するもの

1が、文系・理系の論述本
2が、小説などの文芸本

1の本は、最近では、長すぎると感じている。
2の本は、時間つぶしのような気がして、あまり読んでいなかったが、1つの世界を感じたとき、時間はかかったが、良い経験だとは思うようになった。

自分の行動を変えるためには、この2つのタイプの本に取り組む必要があると考えている。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年09月30日 | Permalink

現在の長期停滞は、富裕層が、お金を使わなくとも十分楽しめることを知ってしまったことが原因だと思う。

こだわりを作ることで、お金での評価の違いを生み出そうとする試みは、いつも行われている。
しかし、こうした「こだわり」は、「もの」のわずかな違いであることが多い。
もちろん、「もの」のわずかな違いでも、感性により、大きな違いとなることはあるだろう。

大きな違いとなるのは、その人の考え方が違ってくることにより、世の中のとらえ方が違ってくることの感動だろう。

それは純粋に知的な行為で、ある程度のお金は必要だろうが、お金が大きくなるにつれてより感動するというものではない。

このことをいったん知ってしまうと、お金をより使うことを考えるのではなく、知的価値を求めることへと進む。

こうしたことが実現するのは、一定の条件(社会の安全・安定)がそろうことは必要だろうが、それがそろった時代では、人はお金から離れていく。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年09月09日 | Permalink

特定のテーマに取り組むとき、どうするか?

資料をできるだけ集める。
この場合、時間的には、読むことができる文献になる。
資料は、そのテーマの全体・骨格を語るものが見つかると、他の資料を集めやすくなる。

そのテーマに詳しい人を調べる。
その人とテーマについて話をすることで、自分の口で、そのテーマに関する言葉を話すことができ、頭に入る。

常に、そのテーマの全体像を創り上げるつもりで、資料に当たる。
周辺の事項は、そのテーマの全体・骨格での位置づけができれば、深入りしない。

自分なりに、そのテーマの全体・骨格を理解して、資料を読み上げるのではなく、自分の言葉で話ができるようになれば、それで一応の完了。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年07月19日 | Permalink

会社を大きくするためには、量へのこだわりが必要だ。

成功した形の、あくなき繰り返しで、会社の上場は、考えていたよりは容易だと思える。
成功した形が繰り返されることで、ビジネスモデルになる。

ビジネスモデルは、意外にシンプルで、こんなに単純でいいのかと思えるくらいだ。

ただし、ビジネスモデルは、どのような環境(条件)のときに有効かの判断を誤ってはならない。

こうした判断は、金融の理解・判断が前提となる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年07月12日 | Permalink

企業の人的組成

そもそもは、無人企業を目指すべき。
 発想を得るための協議は必要だが、それは少人数とし、社外の人間と行ってもよい。

与えられる仕事をこなすだけの人は、成長しない。最終的には、お荷物になる。
年功序列・終身雇用の制度をとると、どこかの時点で、その人の成果よりも支払金額が増えてしまう。

自分が事業主であるという意識がないと、ぶら下がる人になる。
雇われた人に、事業主の意識を持ってもらうことは難しい。
 しかし、なんとか事業主の意識を持ってもらう必要はあり、数値で成果を見ることは、有効。数値で成果を見せることは、必要。
雇われた人の場合でも、自立の期間を設定することにより、事業主化ができるのではないか。  

自らが事業主感覚を持てば、やり方を間違えなければ、その方が成果が出るし、おもしろい。

経営者は、努力して得られた収益を分配するのであれば、気が楽である。
しかし、労働者は、それを簡単に認めない。
給与は、得られた収益よりも支払額の方が多くなることがある。

給与は、上がらないのは当然だと思う。
日本では、給与は、特別の事情がなければ、原則として下げられない。
給与を上げると、社会保険料が大幅に増え、事業主者負担が増える。

給与が上がらない時代は、経営者が、新しい人的組成を目指しているからだと思う。

事業主感覚を持つ人だけが参加する企業にすることを考える。
企業を作ろうとするのであれば、最初から事業主感覚を持つ人だけが参加する形とする。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年06月18日 | Permalink

すべてのものを使える形にしよう。

身の回りのものを、常に見直して、いつでも使えるようにすることは、大事だ。

書籍、資料など紙ベースのものや、道具類も、常に利用の全体像を持つべきだ。
書籍は、読んだというだけではなく、それを生かすことが必要だ。

そのためには、読んだ記録として書棚に並べておくだけではなく、書棚での配置を工夫して、いつでも引き出せることができるようにするべきだ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年06月06日 | Permalink

この世の中は、物権と債権でできていることを、改めて確認するべきだろう。

マネーという場合、基本的には、債権としての評価だろう。
株式は、所有権の割合的単位であり、物権の変形だと考えているが、細分化している点で特殊だ。

集積されたデータにこそ価値があるという考え方があるが、その活かし方に確立した手法があるならば、それは物権に準ずるものといって良いだろう。

日本の場合、福祉国家を維持するために、多額の国債を発行して、マネーを膨れ上がらせた。
この結果、国債の評価損リスクは、大きくなった。

経営者の報酬が高額化しているが、マネーが膨れ上がっているため、それは当然のことだろう。
美術品に、これまでの感覚では信じがたい値段が付くのも、マネーが膨れ上がっていることの帰結だ。

企業の時価総額を上げることが求められているが、マネーが膨れ上がっている以上、当然の要請だろう。

企業の内部留保が大きくなっていることが問題とされているが、内部留保をどのような形で持つかは、それぞれの会社の判断であり、それは自由だろう。

債権が膨れ上がれば、どこかで物権とバランスをとる必要が出てくるだろう。
このように考えると、物権に投資していくという考え方も出てくるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年05月08日 | Permalink

経済の長期停滞の原因は何か?

経済が長期にわたり停滞している理由について、議論があるようだ。

苦労して稼いでも、税金を通して、稼がない人に渡すだけだと感じている人が、多いのではないかと思う。
苦労しないで稼いだものについては、税金がかかってくることはやむをえないという感覚はある。

ある程度の生活を実現してしまうと、それ以上に稼いでも、さほど豊かさを感じなくなる。
今以上に稼がなくとも、知的側面で満足が得られれば、十分満足できる。
単に物的側面が多少変わっても、それを実現するための苦労に応じた満足は得られない。

お金をかけて派手なことを行う人は、それなりにいるだろうが、人は一般に、苦労して稼いだお金は、派手には使わないものだ。

知的に満足した人が増え、また、お金の分配の効果が感じられなければ、経済は停滞するだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年04月22日 | Permalink

全く違った自分(企業)を考えてみよう。

今の自分(企業)の延長線上にある姿ばかり考えないで、全く違った自分(企業)を考えてみると面白い。
もちろん夢物語だけでは現実味がなくなるだろうが、少なくとも延長線上にある姿とは別のものを考える。

別の姿は、何かしらを気がつかせてくれる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年04月08日 | Permalink