遺産分割

遺産分割で揉めることが問題となっている。
問題は、決められない事にある。
 遺言は、遺留分を考えて行えば決められる制度である。
こうした場合、会社制度の利用を考える必要がある。
住宅を個人所有する事は考え直すべき。
 税法上の特典もあるが。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年01月08日 | Permalink

必要な分量

初めからある程度の分量が前提とされたものは、注意が必要だ。
例えば本。
商品としての価値から、ある程度の分量が昔から想定されていた。
しかし、こうした分量が当然と考えることは改めるべきだ。
必要な分量に限定する必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年12月10日 | Permalink

紙ベースの資料

紙ベースのファイルの整理をしていると、現在の自分の課題を整理できる。
課題の歴史を知ることもできる。
課題であると考えていたものが、ほとんど必要のないものとなっていることに気がつくこともある。
紙ベースは、かさばるし、扱いにくい点もあるかもしれないが、取捨選択、並べ替えの点では便利だと思う。
こうした機能ができるのはTrelloトレロだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年10月19日 | Permalink

物に対する価値観が変わってきている。

故人や引退した人が集めたコレクションは、残された人に関心がないものであると、ずいぶんぞんざいに扱われる。
その原因は、下記の通り。
 保管するスペースが足りない。
 立体物は、かさばるものであるのに、残し方が考えられていない。
 コレクションが、将来残される人の目に触れていない。
 由緒や集められた理由が明確でないと、関心をもってもらえない。
残された人に大事にしてもらうためには、上記の逆をしなければならない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年10月13日 | Permalink

過去の記録をどこまで残すか?

過去の記録は、先祖の苦労として子孫に読んで欲しいためである。
しかし、どの範囲で残すかは、常に葛藤を生じる。誰しも保管を仕事として生きているものではない。本来の仕事の傍らで判断し、保管しなければならない。
どの記録を残したら良いのかという点について、現在の時点ではわからないことも多い。
しかし、記録が多すぎても読まれることはないため、制限は必要である。
時間をおいて整理し直すことは必要だと思う。
しかし、そのときどのように考えて保管したかということも重要な場合もある。
保管場所の問題はいつも生じる。
しかし、紙ベースで保管をしなければならない時代は過ぎ去るだろう。電子空間であれば、スペースの問題は、まずないだろう。
ただし、物そのものが持つ歴史的存在感は、重要である。物として残すことも考えるべきだ。
記録は、自分だけで利用するものではない。後継者と共同利用してこそ意味がある。
しかし、時空を超えて、子孫・後継者と共同で利用することもありうる。
記録は、データとしての意味合いのものもある。
預金通帳は、電子化されれば、保管のためのスペースは不要だ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年09月28日 | Permalink

文学作品の漫画化

文学作品は、最初から最後まで読もうとすると、それなりの時間を要する。
それに比べると、漫画は、速く読める。
これは、漫画にした人の要約があることによる。
 要約は、ストーリーのピックアップ
 情景の画像化
漫画化は、いろいろな版が可能となる。
文学作品を時間をかけて味わうことも一つの道だが、速く全体をつかむことも別の道だ。
そもそも時間をかけて文学作品を味わっても、頭に残る部分は限定される。
時間を消費するだけなのか、自分に何らか役立てるのか、の選択の問題がある。
 原典に直接当たることが、どこまで重要か。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年08月25日 | Permalink

文書管理の承継

何か物事を整理しようとするときに、視覚的に全体が把握できること、体系化を進めるにあたって柔軟に変更できること、を考える必要がある。
全体を整理するときに、何かのファイルに書き込めば良いと考える人もいるようだが、それでは上に述べた2つの点が十分にできない。
Trelloの使い方を考えている時、その特徴をどのように生かすかをめぐって、人と差があることに気がついた。
文書管理(紙ベースとWebベースを含む)について重要なことは、それを管理する人だけが理解しているということではなく、参加している人全員が理解しているということが大事だ。
相続の時になって初めて文書管理のあり方を理解しようとしても、大変なことであり、またその意味を理解できないため、文書の管理そのものが揺らいでしまう。
文書管理の承継をどのように行うかという事は、日ごろから考えておくべきだ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年08月04日 | Permalink

文書の弱点

文書で記録する方法の強みは、その緻密性・正確性だと思うが、弱みは、あまりに深く広くとらえすぎるため、全体を把握できないことにある。
全体を記憶することができず、端的に言葉で表せない。
絵画・写真・漫画のような一覧性がない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年07月28日 | Permalink

1冊の本にしぼれるか?

NHK100分de名著を見るようになって、ずいぶんの時間が経過したが、結局、名著だとしても1冊の本だけで満足できるものではない。このことに気がつかされた。
無人島に流されるとして、1冊の本を持っていけるとしたら、どの本かというような問題設定をされることがあるが、それは所詮無理な設定だ。
多くの本があり、そこをさまようことで自分が作られる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2020年06月17日 | Permalink

自分を形作る成分は、何だろう?

自分を知らせるものとしては、自分が書いたもの、読んだもの、集めたもの、写真・映像などだろう。
その集積から知ってもらうしかない。

書いたもの、読んだものは、ある程度、カテゴリにより分類している。
この分類の仕方も、自分を知ってもらう材料だ。

こうした材料から、自分を構成してもらうしかない。
その点で、成分だといっていい。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2019年12月06日 | Permalink