歴史は記述できない。

歴史は、1人の人間が作っているものではなく、多人数のグループの動きが主である。
個人の名前で記述されているものも、本当は、親族、家来も含めた行動である。
黒澤明監督の「羅生門」では、話す人の立場から事実が異なってくることが描かれている。
ある一定期間の人間関係について、いろいろな人の話を聞くと、事実の全てを把握している人はいなく、それぞれが1部のみを知るだけだ。
これが人間が体験する歴史と言うものだと思う。すべての事実関係を把握して生きる事は、ほとんどできない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2022年01月21日 | Permalink

作成日時の記録

スマホやパソコンで利用できるソフト・アプリを使って文章を作成しているときに、1番感じるところは、作成日時が記録されるということである。
それは自分にとっての歴史であり、将来的には1族の歴史となっていくものだろう。
この歴史を考えたとき、作成日時の記録は重いものだと思う。
しかし、多くの人は、その重みに気がついていないと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年12月06日 | Permalink

本を残すことに意味はあるか?

本は残されても、後継者は、その全てを読むことはできないだろう。
そもそも残された本は、亡くなった人が、その一生の間に読んだものであって、後継者が同じ時間を使う事は到底無理な話だ。
したがって、本を残すことによって後継者に読んでもらうことを期待するのではなく、自分が重要であると感じたところとかを伝えて理解してもらうことになるだろう。要約・圧縮が必要だ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年11月08日 | Permalink

書類の保管場所

書類の保管場所が明確となっていない会社・人が多いと思う。
保管場所が明確となっていないのは、書類の保管の体系が決まっていないことが原因だ。
まずこの保管の体系を決めることが必要で、保管を進める中でその体系は練り直していけば良いだろう。
保管の体系は、後継者にも理解しておいてもらう必要がある。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年11月02日 | Permalink

ものと電子空間

ものとしての紙ベースの世界では、何が有効に機能するか?
 思考
  整理
ネットの世界では、何が有効に機能するか?
 伝達
  記録


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年09月24日 | Permalink

本はゆっくり読む。

若い頃は、速読して、多くの本を読む事を考えた。蓄積を増やすためには必要だと考えたからだ。
しかし、65歳という年齢になると、本は、ある程度限定して選び、その1行1行について、実際にどのように行動するかを考えながら読む必要があると考えるようになった。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2021年09月03日 | Permalink