7 北方ルネサンス

(1)マティアス・グリューネヴァルト(1470頃ー1528)
特になし

(2)アルブレヒト・デューラー(1471ー1528)は、金細工職人の家に生まれた。デューラー家は、名門ピルクハイマー家の借家に暮らしていたが、家主の息子ヴィリバルトとデューラーは幼なじみとして育った。デューラーは、ヴィリバルトを通じて多くの知識を学び、後には人文主義者のサークルと交流することができたが、この親友との貧富の差は、デューラーに複雑なコンプレックスと強烈な成り上がり願望を植えつけた。

(3)ルーカス・クラーナハ(父)(1472ー1553)は、画家の父のもとで修行した。

(4)ピーラル・ブリューゲル(父)(1526頃ー1569)
特になし


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6 北方(15世紀)

(1)ヤン・ファン・エイク(1390頃ー1441)
特になし

(2)ヒエロニムス・ボス(1450頃ー1516)は、画家の家系に生まれ、幼くして母を亡くした。かなり年上の裕福な女性と結婚し、以後は生活に困らず、注文に左右されずに自由に制作できたらしい。


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5 マ二エリスム

(1)ヤコポ・ティントレット(1519頃ー1594)は、父が染物屋(ティントーレ)だった。ティツィアーノの工房で短期間修行したといわれる。

(2)エル・グレコ(1541ー1614)は、クレタ島のカンディア(現イラクリオン)に生まれ、宗教改革の嵐が吹き荒れるスペインに渡り、古都トレドで人気画家となった。


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4 ルネサンス盛期

(1)レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452ー1519)は、父が公証人、母の詳細についてはわからず、私生児であった。14歳ころ、フィレンツェの画家、彫刻家アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房に弟子入りし、20歳で画家組合に登録したが、弟子入りの年齢も遅ければ、成年に達しても独立しないなど、当時の習慣から考えるとよくわからないことが多い。

(2)ミケランジェロ・ブオナローティ(1475ー1564)は、生まれてすぐに石工の家へ里子に出された。6歳のときに母が死去。父の反対を押し切って画家ドメニコ・ギルランダイオの工房に入門し、メディチ家当主ロレンツォ・マニフィユ(1449ー1492)の所有する古代彫刻に触れ、彫刻家として頭角を現した。

(3)ラファエロ・サンツィオ(1483ー1520)は、8歳のときに母が、11歳のときに宮廷画家だった父が死去し、ペルージャの画家ペルジーノの工房へ弟子入りし、師の画風を完璧にマスターした。

(4)ティツィアーノ・ヴェチェリオ(1490頃ー1576)は、アルプス山麓の小村の地方名士の家に生まれた。ベッリーニ兄弟の工房で修行し、10歳あまり年上の天才画家ジョルジョーネ(1478頃ー1510)の助手として共同制作した。ジョルジョーネが30代の若さで急逝したとき、ティツィアーノはまだ20歳を超えたばかり。以後、半世紀以上にわたってヴェネツィア美術界の頂点に位置し、内外の有力者をパトロンにつけ、大量の注文をさばいていくことになる。


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3 ルネサンス初期

(1)フラ・アンジェリコ(1400頃ー1455)は、20歳ころ、修道士としてフィレンツェ近郊フィエーゾレのサン・ドメニコ修道院に入り、その後フィレンツェのサン・マルコ修道院に移り、助手とともに祭壇画の制作や、僧房や廊下の壁画を手掛けた。

(2)サンドロ・ボッティチェリ(1444頃ー1510)は、フィリッポ・リッピの工房で修行した後、ヴェロッチオの助手として働いた。
弱冠20歳でメディチ家の当主におさまったロレンツォ・イル・マンフィコをはじめとするメディチ家の庇護を受けた。


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画家がどのようにして社会で生活を始めたかについて、以下に資料(小学館ウィークリーブック「週刊美術館」の記述を中心)から抜粋する。 
 本人の資質、家庭環境などによる特徴から分類すると次のようになる。

 優等生(アート以外も)
 ひょんなことから
 家族(父)が安定した収入を与えた(与えたと思われる)ケース
 父が美術関係
 愛情
 親の反対を乗り越えて
 不幸としか言いようがない

 ここからわかることは次のとおり。
(1)画家として社会生活を始めるためには、ベースとして、経済的安定があること。
(2)絵画との何らかの接点があること。
(3)不幸は何らかの形で画家に強く影響していること。


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