判例3(東京地 昭53.3.2 判時 909. 95)
経営状況が逼迫した状態での借入行為
<事案の概要>
自動車運送業を営むA社は、昭和47年末頃からの交通事故の続発により、多額の損害賠償を余儀なくされたうえ、大口取引先からも取引停止処分を受けたところから、経営が悪化した。
また、運送費の値上げがうまく行かなかったことや、人件費の増大、更には昭和48年10月頃のいわゆる石油ショックに起因する需要の減少や融通手形の交換を行って来た相手方の倒産のため、自社の融通手形の決済ができなくなり、昭和49年4月に、A社は倒産した。
Xは、A社の代表取締役であるYから、経営資金の融資を頼まれ、昭和48年7、8月頃より昭和49年1、2月頃にわたってA社に対して融資を行ったが、結局、融資は返済されなかった。
<結 論>
責任について消極判断
<判 断 基 準>
基準2 当該行為が関係者(当該会社、相手方)の経営に与える影響の判断
(一般判断)
「会社の経営状態が逼迫した時点における取締役の会社のためにする金員借入行為であってもそれが専ら会社の利益を図る目的でなされたものであって取締役個人や一部の会社関係者の利益のためになされたものでなく、企業経営に関して普通の能力、経験、識見を有する経済人の立場からみて、借入金額、借入方法、借入条件、貸借当事者の関係、借入時における会社の経営、資産及び負債の状態ならびに一般的経済情勢等の借入時における諸条件に照らして明らかに不合理と認められず、かつ、欺罔行為等違法な手段を用いたものでない限り、会社に対する任務懈怠にはあたらない。」
「借入金返済のめどの有無は、借入金額、借入方法、利息、返済期限、返済方法などの借入条件、貸借当事者の関係、借入時における会社の経営、資産及び負債の状態ならびに一般的な経済情勢等によって左右されるものであって、借入金の返済ができなかったという結果から直ちに借入時に返済のめどがなかったと推定できないことはもとよりのこと、借入時における会社の経営状態が逼迫し、その時点だけをとってみれば仮に債務超過の状態に陥っていたとしても、それだけで返済の見込みが全くないとも断定できるものではない。」
基準3 当該行為の必要性の判断
「会社が危殆状態に陥った時に、業務執行にあたる取締役が乾坤一擲行なった経営資金の借入れによって会社が蘇生し、倒産の渕から脱する場合があり得る。」
基準4 会社の経営を維持、継続しようという意思、目的かの判断
「本件金員借入は専ら会社の利益を図る目的でなされたものであることが明らか」である。
<考 察>
ここまで会社経営に理解を示す判例もある。
しかし、「乾坤一擲行なった経営資金の借入れ」によってのみ会社が蘇生するということがありうるのだろうかという疑問は残る。また、判例2の広告契約が「乾坤一擲行なった」ものとはならないのだろうかという問題もある。
やはり、当該行為の必要性について具体的な検討が必要である。経営資金の借入によって何が可能となり、何をしたかが問題である。その内容に踏み込んで必要性の判断をしなければならないと考える。判例2の広告契約は、経営にとっての必要性は認めつつも、当該行為が会社の経営に与える影響が大きく、相手先の被るリスクが明確であり、それを上回る当該行為の必要性を認めえなかったケースといえる。