自分の外は、汚辱に満ちた世界だと、とらえるべきだろう。

自分の外にまで、自分の延長した世界があると考えると、間違えるだろう。
 自分の外で何か損害を与えれば、思わぬ賠償責任が出てくる。
 自分の外で何か気軽に話をしたところ、録音されていて、外部に出てしまうこともある。

自分の外は、汚辱に満ちた世界だと、とらえるくらいが必要ではないかと思う。

それは余りに自分中心の感覚だと思われるかもしれないが、油断を生じさせないためには必要な感覚だと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年05月31日 | Permalink