経済力

 「渋沢栄一 近代の創造」(山本七平著 祥伝社)25頁に、幕末に渋沢栄一が、領主の御用金の上納をめぐり、代官から嘲弄された話がある。
 渋沢家は、「農」であり、「百姓は死なぬよう、生きぬように収納申付ける」対象であった百姓である。しかし、渋沢家は、「天下の豪商」ではなく、また栄一の家は、「村第一の富裕な家」ですらなかったが、藍と養蚕により経営型豪農としての基盤を築いていたのである。

 これに対して、経済的にもうどうにもならなくなったらしい領主が、「その方の身代で500両くらいはなんでもないはずだ。」と、渋沢家(父)の名代(みょうだい)として出向いた渋沢栄一に対して、申入れているのである。

 ありときりぎりすの話に近いところもあるが、現代の官と民との関係に通ずるところもあって、おもしろい。
 士農工商の身分制度の中で、経済力がどのように育つのか、これまでの画一的な認識をいったん解除して考えているのが、山本七平の著書である。
 経済力がついた層が生まれたときに、その層がどのように経済力を使ったのかを、次に考えてみるべきだろう。ここに武士と農民の逆転が生じたといえる。


投稿者名 管理者 投稿日時 2009年11月09日 | Permalink