日本での不動産投資について、次のような意見がある。
「多くの日本人は、資産の大半をマイホームという名の不動産投資で運用しており、住宅ローンという信用取引によって資金を調達している。安全な資産運用の原則は、分散投資で、マイホームというたったひとつの投資対象に大半を賭けるのはきわめてハイリスクである。」

大規模地震があると、不動産取得への消極意見も多い。

しかし、不動産取得を最初から否定するのは、偏った見方だと思う。
日本は人口減少が不可避であり、不動産の需要は減る一方だとし、不動産に全て消極の人もいるが、少なくとも現時点で非常に有利な賃料収入を得ている人も多く、自らの資産状況により、現時点での不動産取得を排除する必要はないと思う。

よく、不動産取得と賃借と、どちらが良いかの議論がなされるが、仕事や家族の状況によると考えられるので、人それぞれであり、単純に結論は出せない。

不動産は、他人にも貸せるかという収益性を考えることなく、自分が贅沢をしたり、自慢するために特殊な設計をすると、単なる浪費になりうる。

結局、不動産だからだめだということではなく、投資のあり方、進め方として合理的かという問題である。
不動産投資以外に、確たる収益手法を持つのであれば、それによることは良いであろうが、そうでなければ不動産投資は選択肢の一つとなる。

頭書の意見も、投資のあり方、進め方としての合理性を考えるという立場からのものであれば、良いと考えるが、そうでなければ、誤導するものだと思う。


価格が下がるまで待つことができるのは、経済の大局観が正しくできている場合だろう。

しかし、経済の大局観は、ものの本やブログでは、簡単には明らかにできない問題だろう。それは、誰も確信を持って伝えることはできず、わからないとしか言いようがない問題だ。
結局、自分で、これまでの経験や研究に基づき判断するしかない。

株などの相場では、値が上がっているときは、それに乗った方が良いと考えられるので、不動産の場合でも、相場の上昇に乗ればよい。
しかし、長期保有を前提と考える立場からは、相場の上昇にいつまでも乗るのは危険だと考え、購入を控えることになるだろう。

しかし、さらに考えると、不動産も持ちっぱなしということがあっては、効率的な投資家とはいえないという面があるだろうとは思う。このとき、売り時には全て売らなければならないと考えることになる。

現実には、自分や家族が使っていることを理由として、売却しないと考えることもあるだろう。
しかし、投資家の目線では、それは自分への弁解に過ぎないことになるだろうと思う。

多くの人は、現実と妥協的に生きている面がある。経済的な面だけでなく、家族の心情を考えることもあるだろう。


自分の所有地の隣接地で、不動産を連続して購入する方を、よく見かける。
近くにある不動産であれば、すぐに見に行ける安心感がある。また、「隣地は倍出しても買え」という言葉もあり、昔から合理性はあったのだと思う。
分散しすぎた土地をまとめることは、合理性があると思う。

しかし、土地をまとめた上で何を目指すかを明確にする必要がある。特に、利用方法が限定される地域では、注意が必要だろう。

また、投資家として、地震のリスクを考えるならば、地域を分散する必要があるだろう。

しかし、地域を変えることにより得られる大事なことは、不動産の収益性の違いに気がつくことだろう。
これは、誰しも当然だろうと思われるかもしれないが、現実に身にしみて感ずるのは、地域の違う不動産を取得したときだ。
これを実感すると、隣地だからというだけでは不動産を取得できなくなる。逆に、これを実感していないと、単に財産を大きくするだけの発想で隣接地・近隣地の不動産を買い続けることになる。

「家を取得するのは、一生の仕事」というような感覚ではなく、世の中の理解を進めるという観点で取り組むべきだ。


1 居住用マンションの場合、入居者が支払う家賃は非課税であり、預かった消費税がないので消費税の還付はない。
 なお、この点に関して、居住用マンションの前に自動販売機を設置して、預かった消費税を作る節税法があるが、将来的には法改正もあると思われるので、ここでは立入らない。
 居住用マンションを建設するにあたっては、消費税を払っており、増税の前後で差が生ずる。この差は、居住用マンションの賃料設定に差をもたらし、競争力の差となると思われる。

2 消費税が課税される賃料の場合は、預かった消費税が発生し、支払った消費税との差額によって、消費税の還付が生ずる。
 この場合、消費税増税は、還付額の増額に結びつく。建設直後の還付は大きな金額となり、建設への投資促進に結びつく面もあるのかもしれないが、還付後は、預かった消費税を納めていくのだから、消費税増税は、中立的といえるのだろう。
 ただし、デフレの続く今日、建物オーナーは、消費税増額分を簡単に入手できるとは考えられず、消費税込みの賃料額は変えられないだろうから、消費税増額分は実質、建物オーナーの負担となってしまう恐れがある。


 不動産賃貸業という業種は一般にわかりやすいだろうが、不動産売買業とは何かと思われるかもしれない。
 所有権は、使用、収益、処分する権利として民法に定められているように、自己使用する以外は、賃貸(収益)か売買しかないのだから、事業でできることは、賃貸と売買の組み合わせしかない。したがって、不動産売買業も想定しうると思われる。
 不動産価格の上昇(バブル)をうまくとらえるならば、不動産売買業は、相当な収益を生む。不動産賃貸業よりも、時間あたりの収益性は、はるかに高い。
 バブルは、1980年代末のものだけでなく、地域性もあるだろうが、何度か起こっている。2000年から日本は人口減少社会になっており、不動産の上昇は見込めないという論者もいるが、バブルは、増えすぎたマネーの動く先の問題であろうから、人口減少の要因も影響するにしても、それだけではないと思われる。したがって、不動産の価格は、今後、減少するだけではないと考えている。
 不動産ビジネスは、2つのやり方があると考えている。


 日本は人口減少が進み、高齢化による負担が拡大するから沈みゆく国家だと考える人がいる。この人たちは、海外投資を考える人であり、不動産というだけで拒絶する人も多い。
 しかし、サブプライムローン問題によるショック、ギリシャ等の国債の信用に発するユーロ危機などを経てみると、実態以上に増えすぎたマネーが実態経済を超えて動き、さまよっているようにも思える。それは、幽霊のようなもので、どこかで消え去る運命のようにも感ずる。
 人間の現実の生活は、現実のスペース(不動産)の上に立ち、現実の物(食料、水)の移動によって成り立っているのであるから、そこに着目する必要があると思われる。マネーの動きは、本来これを裏付けるものであるが、増えすぎたため、その金額は極端な動きをしている。このため、現実のスペース・物が影響を受けていると思われる。
 したがって、人間の生活の実態に即して必要な事柄を進めていけば良いと思われる。不動産賃貸業も実態の必要に応じて進めるべきだろう。
 (なお、人間の生活は、現実のスペース・物以外に、「情報」とでも言う知的な成果物があることは承知している。この「情報」が、実態以上に増えすぎたマネーをコントロールすることができるならば、大いな収益に結びつくのかもしれない。しかし、それができるのは、情報操作のできるインサイダーか、インサイダーの動きを確知できる真の知恵者だけだろう。)


 賃貸不動産の中に、□□第○ビルと表示する物件は多いと思う。これは、ビジネスは、同種行為の繰り返しによる洗練(効率化)にポイントがあるから、1つの成功は、その多くの繰り返しに行き着くからである。
 不動産賃貸業も、仕様の統一を計ることにより効率化できる点もある。また、ブランドイメージまで結びつけば効果もあるだろう。
 しかし、不動産は、本来、ロケーションに合った利用をするべきであるから、個別性が強い。したがって、ブランドイメージとなるまでの数がなければ、そのロケーションに合った賃貸を考えるべきだろう。
また、リスクの分散のためにも業態を多様にしても良いのではないかと思う。


1 中古物件を取得して不動産賃貸業を行うにあたり、感じるのは次のとおり。
(1) 専門家が関与し、標準の仕様で建築された物件は、工夫されるべき点は工夫されており、十分利用できる。
(2) 構造上の欠陥の有無は、重要な問題であるが、外形上で一応の判断をするしかなく、施工上の問題までを追及するのは限界がある。
(3) 収益性に関しては、既にテナントが入居しており、一応の収益性は判断できる。もちろん収益性を上げるためのダミーのテナントという場合もあるかもしれないが、テナントの資料で判断するしかない。

2 新築により不動産賃貸業を行うにあたり、感じるのは次のとおり。
(1) 自分なりの工夫を反映させることはできる。しかし、それが良いことなのかどうかは経験を積まないとわからない。
(2) 構造上の欠陥に関しては、業者、監理者を選ぶことである程度は解決できるだろう。
(3) 収益性については、ロケーション、景気などである程度の見通しは持てても、確信はできないだろう。これは経験を積んでも、あまり変わらないのではないかと思う。

3 中古物件が売却に出される理由がわかることはアドバンテージとなる。売り急ぐならば、価格は下げざるを得なくなる。


 新築ビルは、そのデザインと新しさによって、テナントを集めることが強い。中古で中小のビルは、テナントが流出する。このため中古中小ビルの間で賃料の値下げ、テナント引き抜き合戦が生ずる。
 こうなってくると、事務所ビルではロケーションの意味を強く感ずる。ビル建設のための借入が返済完了であれば、ロケーションと賃料値下げで、いくらでも勝負はできるということになる。
 したがって、事務所ビルを建設する場合、ロケーションが大事である。自社使用であるならば、用地選択に幅はあるが、いつでも賃貸に出せることを考えるべきであるから、ロケーションをよく考えなければならない。


 飲食店を対象とすると特別の問題を生ずる。
1 飲食店テナントによる、消防上問題となる改装もありうる。これは飲食店の希望する雰囲気づくりと不動産(ビル)の形態とのギャップから生ずる。
2 飲食店の場合、給排水の量が多く、特に排水にあたっては、油の汚れが問題となる。
3 飲食店の流行りすたりは早く、テナントとして安定しない傾向がある。
4 風俗店の入店を認めるかどうか悩ましい場合もある。一般の飲食店としては、ビル全体のイメージの悪化をおそれるため、風俗店の入店に反対する。しかし、既存の飲食店の不振から退店・賃料減額要請も多く、賃料収入の減少は、常に起こる。ビルオーナーとしては、この狭間に立つ。
5 飲食店の客(特に酒酔)による器物破損も目立つ。


 一戸建は戸締の問題はあるかもしれないが、住環境としては、集合住宅よりは、いろいろと楽しめる。したがって、一戸建の賃貸需要は十分にあると思う。
 問題は、賃料であろう。賃貸用に一戸建を作るとするならば、賃料設定は相当に高くなるだろう。
 しかし、子供の独立・配偶者の死去など家族構成の変化によって住まいの大きさも変わってくるから、一戸建の賃貸は、供給者の側から増加するだろう。
 また、消費税の増税は、これから住まいを作りたいと考える世代の人にとっては、大きな打撃となる。何らかの経過措置がとられるにしても、将来的には、住宅の新築にとって相当な重しとなるだろう。こうなると中古の一戸建の賃貸は、ますます必要となってくると思われる。
 (なお、このことの意味は、一戸建住宅を持つ者とそうでない者との分断である。消費税が増税されるほど、社会の階層化は進むものと思われる。
 しかし、階層化が進む中で、財産税名目での課税が復活することは十分にありうるだろう。これは税・社会保障の高負担社会の到来であり、提供される福祉のレベルとのかねあいで、このような社会を是とするか議論となるだろう。2007年時点の日本の福祉の水準は、OECD34か国の中で20位とされているが、これでも借金によって維持されているにすぎず、消費税増税へと向かっている。)


 人の居住形態は、親から独立して1人で生活する年齢、夫婦となり2人で生活する年齢、子供と共に生活する年齢、子供が独立していく年齢、と変化する。
 もちろん、3世代で一緒に生活する生き方もあり、近時見直されているようである。しかし、自由に生活できる気安さを知ってしまうと、3世代同居をするにしても、そのあり方も工夫する必要があるだろう。
 このような居住形態の変化を、人口動態で分析し、将来の時間軸の中でどのような形の住居が必要かを予想したグラフを見ると、いろいろ気がつき、企業は対策を検討しているといえる。
 不動産賃貸業を考えるのであれば、こうした対策を知るべきだろう。


 とにかく静かだと思う。上階の音は全く気にならない。
 地震のときは、どうなるかという心配はあるが、2011年3月11日、東京では、マンションの揺れが少し長く続いたようだが、大きな損壊は報告されていない。
 眺めが良い、夜景がきれいというのは、最初はそう感ずるけれども、慣れてしまうと普通になってしまうようだ。


 マイホームの設計、建設は、楽しいものだろう。いろいろな本を見て研究する人もいるだろう。その結果として、自分の個性を出したり、人と違った工夫をしたりもする。
 しかし、自宅をいつまで使うかという問題があることを考えるべきだろう。自分の職場が変更することもあるし、自らのビジネスが大きく発展して、住まいを移さなければいけないことも多い。
 この場合、自宅を売却するか貸すことになるだろう。このとき、売却しやすいかどうか、貸しやすいかどうかの問題が出てくる。ある程度、多くの人が使いやすいと思う形(標準使用)が必要だろう。
 大きな家は、大きな家を求める人にとってどうかという判断をするべきだろうが、多くの場合、大きな家を求める人は、自分で設計して作りたいと思うから、中古ではなかなか売却しにくいだろう。
 自宅を作ることは、贅沢品を持つことに近い面があり、どこまで贅沢をするかはよく考える必要があるだろう。


 大きな容積率があるのに、その1部しか利用せずに建築することがある。予算が決まっているだろうから、容積率を全て利用せず、大きさが決まることはよくあるだろう。
 これに対し、容積率は全て使った方が良いという考え方もあった。容積率を一杯に使った方が単位面積あたりのコストは安くなるだろうし、大は小を兼ねるという面もある。
 しかし、経済環境がこれからどうなるか見通しにくいときは、安全に行くべきだろう。


 自分の経済力と、人生のそのときどきの経済状況により、どのような不動産を取得できるかは変っていく。
 人によって、どのような不動産が必要かは違ってくるし、そもそも不動産に対する見方・評価も違うから、絶対的な正解があるとは考えていない。
 しかし、普通の人は、人生で、そう多くの不動産に関与するものではないから、研究の余地が非常に大きい分野であり、経験者の話を聞くことは必要だろうと思う。
 私が考えるところは、不動産については、自分で経験して学んでいく必要があるということだ。「何だ、答えになっていないではないか。」と思われるだろう。言いたいことは、こうだ。不動産は、1つ関与することにより、人は、大いに研究するものだ。経験者の話も実感として理解できる。その経験に基づいて、次の不動産に関与するべきだということ。
 年配者としては、若い人が不動産を取得したとき、その心情がよく分かる(と思う)。経済力が大きく違わなければ、皆、同じような体験をするものだと思う。しかし、頭だけで考えていても、不動産を取得した人の気持ちは、分からないだろうと思う。


不動産を所有する会社が利益を生むのは、賃料収入を得たときか、不動産を買値よりも高く売ったときだ。
この両方を経験したとき、何を考えるべきだろうか。
賃料収入は、経済の変動の影響を受けるものの、比較的安定している。
不動産の譲渡益は、経済の変動をうまくつかめば、労力を少なく、大きなものを得られる。

利益を重視すると、不動産の譲渡益を無視することはできない。経済行為では、うまくいったものを徹底して繰り返すことが求められる。口の悪い人からは、「馬鹿の一つ覚え」という表現も出るくらいだ。
完全を求め、効率性を極限まで追求すると、不動産の譲渡益を第一に考えることになるだろう。

しかし、経済の変動をうまくつかむことは、誰にでもできることではない。また、経済の変動は、大きなものが、年に何回もあるものではない。このため、いつも何かしていないと落ち着かない人には、我慢を強いる。さらに、不動産の譲渡益を見込める地域も限定されるだろう。

結果的に、賃料収入を基本に置く人は多くなるだろう。賃料収入でも、十分に大きな収入を得ることは可能だ。これが安全な道だと考えてしまう。大きな経済的成功が、どれほどのものだと考える人もいるだろう。

ここが本当の意味で、考えどころだろう。
経済的成功をどこまでも追求しつつ、現実の生活を楽しむことも考えなければいけない。家族が、一家の主の言うことを簡単に聞くものでもない。
不動産管理会社の進む道は、どこまでも悩ましい。


東京のタワーマンションが大きく値上がりした。これからどうなるかは、問題だが、そもそもマンションで、このようなことが起こることは、考えていなかった。

中国人(台湾人)が、円安により値ごろ感を持ち、購入したことが大きな要因だと思われる。この需要があり、日本人も安心して購入した面もある。

マンションは、管理がしやすいことが最大のメリットだと思う。
鍵1つの管理で、ある程度安心して留守にできるし、修繕などは管理組合が判断してくれる。受付があれば、様々なサービスも受けられる。
一戸建てであれば、防犯や近隣問題が発生するし、修繕も考えなければならない。

各戸が集合していることは、メリットを生む。
しかし、自由に建替えすることはできない。共用部分は、自由にはならない。
このため、古くなって利用に支障を生じ始めると、その解決には時間がかかるだろう。

結局、簡便さと自由のどちらを重視するかという問題だと思われる。
簡便さが享受できる期間が長ければ、マンションは資産といえるだろう。

簡便さを享受するためには、マンションのロケーションが大きな要素となる。駅に近いことなど、移動時間を重視することになる。
このため、自然が豊かという環境とは別のものとなる。公園はあるかもしれないが、その自然を自由に扱うことはできない。
この点で、生活スタイルとして何を好むかという問題は出てくる。


不動産を持つ者にとって、不動産の売却と収益性の向上とは、どちらの道を行くのか、常に選択を迫られる課題だ。

不動産をただ持つだけという人もいるかもしれないが、それは、単にこの問題を避けているだけだろう。

不動産の譲渡益は、経済の変化をうまくつかむことにより、大きなものとすることができる。
 この体験をした人は、譲渡益こそ拡大・安定の礎だと考えるだろう。
 しかし、経済の変化は、誰でも把握することができるものではない。未来は、人間にとって、完全に予測できるものではない。
 経済の変化ばかりに気を止めることは、現実の生活を楽しむことを失わせる。今、現にあるものを楽しむことも必要だ。

収益性の向上を考えることは、今、現にあるものを楽しむことに通じる。
 収益性の向上を考えることは、効率が悪いかもしれない。しかし、人間の時間を楽しむことも考えるべきだろうと思う。


不動産に対する相場感は、ネット時代である今日、ブログなどで容易に知ることができる。
2016年10月頃から、不動産投価格は、下落傾向にあるという指摘もある。
また、現実に、不動産業者の人といろいろ話をすると、それぞれの相場観を知ることもできる。

こうした話は、すべてが数値で表された根拠によるものではなく、それぞれの人の感覚だ。

不動産に対する感覚は、仕事柄、自分でも多少持っているし、方向性については見込みも持っている。そして、世の人の不動産に対する感覚と知らぬ間に比較している。

1990年頃のバブルを経験した人たちは、その経験を深く自分に刻んでいる。自分は、もう、あのようなことは御免だと考えている。歴史は繰り返すというが、経験を深く自分に刻んだ人たちはがいる限り、そうは繰り返さないだろう。
自分だけは、もう間違えないと考えていても、実は多くの人が同じように考えている。その姿は、全体が同期しているようだ。

歴史が繰り返されるのは、世代が入れ替わってからだろう。


2013年初頭から2017年にかけて、戸建住宅の価格は、横ばいであるのに対して、マンションの価格は、30パーセント増加している。 資料http://tochi.mlit.go.jp/kakaku/shisuu

このことは、東京のマンション価格を見ていて、実感として感じていたことだ。私の感覚では、マンション価格が、戸建住宅価格よりも高く推移していくということは、理解しにくいところだった。

この原因はどこにあるのか?

人口減少に伴い、女性も高齢者も皆が働いて社会を支えなければならない時代、勤務地の近くに住むことが、不可欠になったこと。

専業主婦が家にいることが前提で価値を持っていた郊外型の高級住宅地は、魅力が低下したこと。
  
住まいが、特別に広い必要はない。むしろ、使いやすさ、管理しやすさなど、標準化が必要ということではないか。


住宅のストック額が、その投資額の累計よりも低いこと。 アメリカとの比較 資料10頁http://www.mlit.go.jp/common/001002572.pdf
 建物の市場価値の低さ、減耗の速さ、滅失率の高さが問題。

これは、日本人のあきらめの早さが、影響しているのではないか。
 しかし、その前提は、経済が拡大し、余裕があったこと、新しいもの好き、が影響している。

 耐震基準が強化されてきたことは、影響している。

今後の戦略として、
 すでにある建物を利用し尽くす方針は必要だろう。

 標準化の推進も考えるべきだ。
  特殊な建物を作らない。


海外投資を考えるサイトで、不動産を話題にしたら、人口減少の日本で、不動産は値が下がる一方で、投資対象には考えられないと断言する人がいて、面食らった。
 大きな傾向として、不動産は値が下がる一方という面があることは否定しない。

しかし、すべての不動産が値が下がる一方だということはない。
 現実に、不動産取引をすれば、すぐ分かることだ。

世の中には、教義のように理屈を振り回す人がいる。しかし、世の中は、それほど単純ではない。

結局、投資を考えるのであれば、現実に成果をあげて、自分で楽しめばよい。
自分の知っている世界なんて小さなもので、相手かまわず自分の理屈を主張することは、愚かなことだと思う。


自分の仕事の形、住まいの形を考えれば、不動産は基本的部材であって、不動産について検討することは不可欠だと思う。

逆に、不動産を見れば、そこでの仕事の形、住まいの形を想像できる。

「不動産に目がない」と言われても、逆に「不動産について考えないのはなぜ?」と思ってしまうのではないか。

しかし、不動産について十分考えることができるようになったのは、経済力がついてからだとは思う。
 不動産について考えたから、経済力がついたという側面はあるが。


「リニア新世紀 名古屋の挑戦」にざっと目を通した。

内容として期待したのは、リニアで東京と名古屋の関係がどうなるのかの記述だったが、この点は期待はずれだった。

この本は、名古屋の良さをまとめた本だ。「名古屋の挑戦」とあるように、名古屋という地域を我がこととして書かれている。
これが郷土愛といったものかと思う。

私は、岐阜を離れ、郷土愛があるのか不明だ。
これまでは、自分にとって、生活の場、仕事の場としてどこが良いかという発想で考えてきたため、ある地域に肩入れするというよりも、日本・世界全体の中で自分はどうするかを優先して考えてきた。

いろいろな地域に関心があり、調べてきたが、その地域に愛情を持ったということではないと思う。

故郷に帰りたいという声をいろいろな場面で聞く。
私は、なぜそれほど故郷に帰りたいのか、正直よく分からない。故郷に災難が起きたときは、そのような地形なのだととらえ、それでどうするかを考えることが、優先するべきだと考えてきた。

郷土愛は、日本全体を発展させるためには必要な要素だと思うが、郷土愛を利用することにもつながる。


1 女性誌を見ていると、これが右脳と左脳の連携を密にしたとらえ方だと感心する。
東京のエリアを研究するために、東京のエリアを話題にした女性誌を大量に購入してみることが考えられる。
話題になっているのは、それぞれの人が「してみたいこと」。
話題の並び方は、1日の時間順もあるが、ばらけている。
「してみたいこと」は、お店の紹介という形をとっており、エリアと結びついている。

男性的なまとめ方としては、それぞれの人が「してみたいこと」を分類・体系化して、全体を把握する方法だろう。

女性誌を材料とすると、興味は限定されてくる。
 サラリーマンの町、新橋などはあまり出てこない。

2 飲食店の居抜き物件のサイトを見ていると、現実感に戻される。

3 街紹介の雑誌に掲載される情報
建物に関しては、大きなビル建設の紹介。再開発情報。

店に関しては、中小と思われる個人店。店主の顔が見え、こだわりが語られる。

このように相反する内容となる。中小の不動産オーナーの生きる道は出てこない。
大手再開発と個人店の間で考えるしかない。


1Kだけの部屋のアパートを作ったりするのは、投資効率を高めるためだという。
しかし、未来の人たちが、それを好むかは別問題としてある。

東証REIT指数は、土地価格が上がりすぎると、逆に下がると聞く。
 土地取得の困難さが増し、運用利益が減るためと聞く。
 しかし、土地価格が上がることは、不動産経済にとっては、悪くないことだと考える。


近時、一戸建てよりもマンションの値上がり率が高い。

仕事場に近いマンションは、確かに便利だ。
 共働きが普通になれば、住まいを便利な場所に置くことが不可欠だ。

しかし、マンションの限界もあると思う。

自分の自由になる草木・庭石を持つことは困難だろう。
 庭にある木の名前は、覚える。
 一戸建てであれば、庭作りを楽しめる。

動物を飼うことに制約がある。

スペースに限りがある。
 コレクションとまではいかなくとも、美術品、工芸品などに関心があれば、増えてくる。
  日本の工芸品の精緻さには驚く。

建替え、改装に制約がある。

隣接する部屋に対して、音を気にする必要がある。


一戸建てを持つのであれば、その楽しみを十分に味わうべきだ。


古い木造建物は、防犯面で弱いと感ずる部分が出てくる。
 鍵の取り付け方も弱いが、そもそも扉・窓も弱い。

窓のサッシは、断熱性、防寒性で劣るだろう。

どうしても新築が良く見えてしまう。

これに対して、欧米では、建物を自ら改良・修繕して価値を上げ、長く使うことが普通だと聞く。
これは、建物の骨格がしっかりしていることが前提だろう。

古い建物をリノベーションするのは、その建物に何らかの愛着・こだわりがあるか、リノベーションに経済性がなければ、簡単には選択できない。

古い木造建物に、ここに住むこともあり!と考えて、楽しまなければいけないかもしれない。
 軽装の建物にも、簡素さの楽しみを見つけることはできると思う。


このキーワードで検索すると、いろいろな論文を読むことができる。

しかし、どれも分量が多く、難しい表現で、ポイントをつかみにくい。
 社会を前面に出して考えすぎている。

シンプルに考えれば、リニアで、スーパーメガリージョンが実現する見通しであるときに、自分は何を入手して生活を楽しむかという点に尽きる。

不動産に限定すれば、どこの不動産を入手して生活を楽しむかということだ。


建物の趣、庭の作り方などが、収益性とは別の観点だ。
投資家は、効率だけで不動産を見すぎている。

建物の趣をどう味わうかは、もう少し立ち止まって考えてもいいことだと思う。
その建物を作った人が、こだわりを持ったところを、良く見るべきだ。

庭についても同じことが言えると思う。
庭を作る樹木、草花、岩について、これまで名前すら知らなかった。
樹木、草花、岩の構成の仕方も考えたことがなかった。
剪定の仕方もあまり知らなかった。

ほかっておくと、樹木、草花はどんどん伸びてきて、岩を覆い、見えなくする。
また、種が他から運ばれ、思わぬ所に草木が生えてくる。

庭を作る要素について知るためには、それなりの時間を必要とする。しかし、それは楽しめる時間だ。


社会は、効率のために、集合住宅を作り続けている。
確かに、集合住宅は、投下資本に対する収益率は高くなる。
また、新しいときは、きれいであり、テナントも見つけやすいのだろう。

しかし、集合であることにより、騒音など問題も生じる。
将来にわたって、集合住宅が有利だとは思えない。

むしろ、古い一戸建て空家のメリットを考えるべき時代だ。
 基本的に広い。
 多少の手入れは認めてもらいやすい。
 植物を育てる庭もある。

新しさ、きれいさのみを求めない生き方が求められる。

庭は、時間をかけてこそ味わいが出る。
建物も、本来は、同じだと思う。

借入をして(金利を払って)取得しても、収益性がなければ、投資家は見向きもしないだろう。
しかし、収益性を求めない、すでに持っている人には、利用の道はある。


余る不動産は、値が上がらないから、投資対象としての魅力に欠けると考える人がいる。

しかし、人口が減るということは、1人あたりの不動産が広くなることだから、それぞれの人は、自分が所有している不動産を広くできる機会があると考える道もある。

その意味は、必要もないのに所有不動産を広くすることを考える必要がないだろうが、現在の所有不動産の環境を良くする必要があるならば、それを行うチャンスがあるということだろう。

広すぎる家は扱いづらいが、少し広くなることで、大きく変わることはあるだろう。
こうしたことは、数値で表わしにくい場合があるが、投資判断を、質的なものにとらえ直すべきだろう。


人口減少で不動産価格が下がることはあるのだろうが、マネーでどう評価されようと、自分はスペースをコントロールしたいだけだ。荘園領主、戦国武将と同じように、マネーの評価を気にすることはない。

人口が減っていく社会であっても、自分はスペースをどれだけ持ち、そこで何をしたいかを考えるだけだ。

人間は、実体のあるものとして生きている。
 人間の体が不要になり、脳だけの存在となり、脳内の変化だけで楽しみ、生きているといえるのであれば、スペースの意味は、限定的になるのかもしれないが、それは空想の世界だと思う。

実体のあるものとしては、自分の周りであるスペースをコントロールしたいと思うだろう。


集合住宅には、区分所有、賃貸を含めて考える。

収益性を考えれば、集合住宅となる。
 収益率を計算すれば、集合住宅が合理的となってしまう。

しかし、収益率は現在のものだ。別の観点を入れると結論は、異なってくるのではないか?
 管理の自由さ
 快適な環境
  停電時の階段上り下り

投資家として考えるとき、すでに持っている人は、現在の収益率ではなく、将来の姿を考えて、収益性を少し落としてでも、管理に無理がない形を考えるべき時期に来ていると思う。