労働時間の把握義務

 労基法の文言上では,使用者側に労働時間の把握義務を課しているか否か,定かではありません。しかし,労基法の解釈においては,使用者に対し,賃金全額支払の原則(法24条1項)があること,時間外労働・深夜労働・休日労働に対して36協定の締結及び時間外手当の支払義務があること(法32条・36条・37条)から,これらの義務履行に必要な労働者の実労働時間の把握も義務であると解釈されています。

ガイドライン(平29.1.20基発0120第3号)

 労基法上,実労働時間の把握方法は,何ら規定されていません。裁判例の集積を経て,厚労省が通達を出す形で,具体的な方法を定めています。(最新の通達はコチラ
 
①始業・終業の時間を確認・記録すること
②原則的手法としては2つ
・使用者自ら現認
・タイムカード,ICカード,パソコン使用時間の記録等の客観的手法
③労働者の自己申告制を採用する場合の措置
・労働者へ,正しく記録,適正に自己申告することの説明
・使用者側管理者へのガイドライン上の措置の説明
・申告内容と実労働時間の補正,乖離がある場合の実態調査
・労働者の残業理由等の報告内容が適性か否か確認
・使用者側が申告時間上限設定その他適正申告阻害措置を取らないこと

客観的手法について

 タイムカード以外で裁判においても証拠力があるものとしては,作業日報,入退室記録,職場のパソコンの起動時間記録,職場からの送信メール,定期券に記録されている会社・自宅間の乗車記録,などがあります。
 労働者作成のメモ・日記は,上記の客観的資料と比べて,やはり信用性は劣っていると言わざるを得ません。

タイムカードによる実労働時間の推認

 タイムカードによって直接立証できる事実は「打刻時点で当該労働者が会社施設内にいたこと」です。しかし,この事実は,「始業から終業までの実労働時間の存在」を推認する根拠となります。
 過去の裁判例は,タイムカードの打刻時間から実労働時間を推認するものも多いですが,滞留時間(業務終了後もダラダラ休憩している時間)も含まれてしまいます。近時の裁判例では,使用者側が実労働時間の把握義務を怠っている場合にはタイムカードの打刻時間のみから実労働時間を推認し,残業申請・承認といった把握義務を履行している場合には使用者が把握する時間を実労働時間とし,打刻時間との差分は労働者側が労働時間であったことの積極的立証がなければ認定しない,といった判断枠組みを取っているようです。

滞留時間を労働時間をされないためには

 タイムカードを利用しつつ,労働者の恣意的な滞留時間を労働時間として判断されないためには,労働者側で適切に把握義務を尽くしていく以外にありません。
 平素からの社内研修でガイドラインの周知を行い,残業をする場合には事前に残業申請を出す運用を行い,事後申請となる場合には翌日中に行う等,管理職の作業が増えることになりますが,地道な手法が一番の対策でしょう。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2017年09月06日 | Permalink

労基法32条の労働時間か否か

 時間外手当(割増賃金)が発生するためには,労働者が法定労働時間(休憩時間を除いて1日8時間,1週間に40時間以内)を超えて実際に労働することが必要です。しかし,そもそもの大前提とある「労働時間」とは,就業規則に定められている所定労働時間を指すのか,別の概念なのか,法律上明確に規定されていません。

判例による概念確立

 最高裁判例では,労基法32条の労働時間は使用者の指揮命令下に置かれている時間であり,その判断は労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かによって客観的に定まる旨判示し,労働契約・就業規則・労働協約等の定め如何で決定されないとしています。

指揮命令下にあるか否かの判断枠組み

 上記概念をふまえ,現在の裁判実務では,概ね以下の判断枠組みに沿って使用者の指揮命令下にあるか否かを評価しています。

第1段階 拘束時間か否か

 まずは,雇用契約書,就業規則,業務マニュアルといった資料から,労働者が主張する実労働時間において,就労義務の存在する時間帯か否かを検討します。

第2段階 拘束時間外の場合

 拘束時間外である場合,形式的には労働時間に該当しない可能性が高まります。そこで,実質面で該当か否かを更に検討をしていくことが求められます。判例は…
①業務遂行を明示・黙示で義務を命令されたり,余儀なくされているか
②行動に場所的拘束性を持たせているか
③対象行為と本来的業務行為に高い関連性があるか
④社会通念上必要とされている時間の範囲か
という4つの要素を考慮して,指揮命令下の有無を評価しています。

第3段階 拘束時間内の場合

 拘束時間内である場合,形式的には労働時間に該当する可能性が高まります。そこで,実質面で非該当か否かを更に検討していくことが求められます。判例は,休憩と同程度に労働からの解放が保障されているか…
①実質的に役務提供が義務付けていないと認められる例外的事情の存否
②場所的拘束性の有無
③当該行動の頻度
という3要素を考慮して,指揮命令下の有無を評価しています。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2017年07月24日 | Permalink