今までの延長上で人生を考えるのではなく、真に自分に何ができるのかをもとに、人生を考え直したいと思うようになっている。
これまでは、真の価値を知らなかった。

マスコミなどが流す、人がうらやむ経済的成功を念頭において生きてきた。

しかし、経済的な成功は、結果であって、目的ではない。

結果は、また次のスタートであり、結果だけで満足できないのが人間である。

社会に役立ってこそ評価される。このことが目的である。

自分の得意とする分野、技術で社会的評価を得るべきである。

多くの成果をあげることを初めから考えるべきはない。

歴史に一輪の花を加えられればよいと考えるべきである。


1 最前線の状況を踏まえること。

全体を見ることが必要であり、それに越したことはない。しかし、全体を見ることは難しく、現実的には、先ず最前線の現場を知るべきである。そのためには、現場の情報を集めなければならない。

2 判断に先見性があること。

先見性とは、これからの合理性があるということである。先見性があるかどうかの判断は、選ばれた能力のある個人が行うべきである。

3 判断を徹底すること。

意思決定を公開する場合

誤解や感情的障害を乗り越えることが必要である。正しい判断をしても、それを貫かなければ結果は出ず、判断をしないのと同じことになる。正しい判断をしても、それが理解されることは少ないと考えるべきである。したがって、正しい判断を理解してもらうための工夫が必要である。ここまで頭を回さなければいけない。

意思決定を非公開とする場合

交渉のためには、 意思決定を非公開とする場合は、当然にありうる。すべてを公開することが正しいものではない。この場合、いつ公開するのか(最後まで公開しないのか)をはっきりさせ、その間、動揺しないことが必要である。


 中小企業の経営者の子供が事業承継する割合は、40%程度にすぎず、20年前の約半分であるとのことである。
 この事実は、この20年間の中小企業の経営が厳しくなったということの表われである。原因は、2004年をピークに、日本の人口が減少し、マーケットが縮小していること、その中での世界的な競争の激化、円高(愛知県は工業が中心)などが言われる。
 給料を支払う人は、それを受けとる人よりも保護されていない。
 経営者は強い立場であることを前提とした法制度であるが、必ずしも現実的ではないように感ずる。
 しかし、経営者は、泣き言を言っていても仕方がなく、現在の状況を乗り越えていかなければならない立場にある。
 M&Aは、以前から使われてきた言葉であるが、経営者の出口として、真剣に考えられるべき時代であると思われる。


 ある仕事を依頼されて、実施するにあたり、データを与えられ、仕事の結果として、ある報告(成果提供)をするということはよくある。
 このとき、報告で何を求められかは、先方の指定があればそれに従うしかないだろう。
 しかし、報告として何を求められるかをよく観察すると、その報告はどのような意味があるのだろうと感ずることがある。報告は、本来こうある必要があると考えられるときだ。
 これは、組織と組織の風土の違いに根ざした問題であり、正解は簡単ではないのかもしれないが、おそらく根本改善のきっかけをつかむかどうかにかかわる問題だと思う。依頼をする側とされる側とがうまくやりとりする必要がある。


 企業としては、これまでの蓄積の上に立って業容を拡大していくのが安全だろうが、新しい分野に進出する決断も必要だろう。隣接はしていても、これまでの蓄積で判断できない分野もあり、企業は常にリスクをとって安定を目指しているのだと思う。
 新しい分野に進出するにあたっては、新しい人を採用する必要がある場合があるだろう。新しい分野について経験をもつ人の知識が不可欠ということもある。
 問題は、新しい人をどのように掌握するかだろう。掌握ができないと、効果に結びつかないばかりか不正が発生する可能性もある。
 掌握のためには、新しい人から客観的で正確な報告が最低限必要だろう。その報告は、帳票と照らしてチェックされる必要があり、時間の経過の中で結果が評価される必要がある。


 若い経営者と話をしていると、危うさ・もろさを感ずることもあるが、同時に新しい発想だなとも思うことがある。そして、多くの場合、これは新しいビジネスモデルを生み出しているのだなと感ずる。
 こうしたビジネスモデルは、年配者の眼からは、むつかしい問題が先に眼についてしまう傾向があるが、本来は、市場(客)において評価されていくものだと思う。 
 弁護士としては、新しいビジネスモデルについて、法に反することがないことは最低限必要だと思うが、市場(客)に先回りして判断してはいけないと自戒している。


 客観的評価項目としては、次のものがある。
 自己資本比率、ギアリング比率、固定長期適合比率、流動比率、売上高経常利益率、総資本経常利益率、収益フロー、経常利益増加率、自己資本額、売上高、債務償還年数、インタレスト・ガバレッジ・レシオ、キッシュフロー額

 算定式など詳細は省略するが、それぞれについて配点があり、得点基準も決められている。その結果、総合点も決まり、会社の格付も決められる。基本的には、資産について流動性を高め、負債について固定性を高めることが求められる。

 こうした会社の格付をどのように受止めるかは、経営者によって様々だろう。それは、経営者によって理想の経営の姿は異なるからだ。
 しかし、資金調達を考えるならば、銀行として貸し易い企業の姿にしていく必要があることは、厳然たる事実だと思う。

 客観的評価項目の得点を考えると、節税をすると、資金調達能力の評価を下げることになるようだ。資金の外部流出をできる限り減らすのか、資金調達をして事業展開を進め企業を大きくするのか、の違いを、各企業ごとに考える必要がある。


 組織作りを目指す人が事業家、オートメーション化を目指す人が投資家といえるのではないかと思う。事業家と投資家は、別物ではなく、重なる部分も多いだろう。
 どのようなビジネスも、最初は自分で始めることになるだろう。そのうちに、人を使うようになり、人使いのむつかしさを感じたときから、組織作りとオートメーション化のテーマが出てくるだろう。少数精鋭という考え方もあるが、事業家と投資家の間の現実的な解決なのだと思う。
 自分の得意とするところや性格によって、組織作りとオートメーション化を考えることになるだろう。


 世の中には、いろいろな付き合いがあり、損得、人情など、色々な要素が絡んでくる。
 しかし、金融機関との付き合いについて言うならば、合理性が強く支配すると思う。人間関係も重要な要素であることは否定しないが、お金の動きは、はっきりした金額の世界であり、最後には、合理性が強く登場し、すべてをなぎ倒すほど影響を与える。
 したがって、情や何となくによるのではなく、どこまでも経済的な判断が必要だと思う。
 金利の少しの違いが、時間とともに大きな違いとなることは、一般に知られたことだろう。
 返済期間の差も、後になると大きな縛りになることがある。
 返済期日の決め方も、何かの入金をあてにする場合、その確実度で、自分の信用に大きく影響することになるから、慎重な決め方が必要だ。
 しかし、余裕を持つ必要があるからと言っても、安全だけを念頭におくと効率性に欠け、負担が大きくなることもある。
 不動産・資材価格が下がり続けている経済状況では、債務をできる限り早く減らすことを優先しなければならないこともある。逆に、不動産・資材価格が強含みになるのであれば、その確保のために、債務を増やすことも必要な場合もある。


 景気回復が、現在の一番の問題となっている。これに関係して、会社の中でも労務の問題が多くなっているようだ。
 世間では経営者の横暴として話題に出てくることも多いが、弁護士の立場で見ると、経営者としては、何とも仕様がないところも多いと思う。このような時代でも、順調な企業はあるので、世間では何とかするべきだ、何とかなるのだという論調もある。しかし、それができる経営者は一部だと思う。
 労働者は、労働法の保護があり、労働基準監督署の対応も、以前よりも労働者向きのようにも思う。これに対して、事業主(特に中小)は、孤軍奮闘するしかない状況だと思う。経営者としては、経営内容をよく把握し、譲れない数値を確認したら、静かにそれを守るしかない。
 こうした状況が続けば、雇用が減ることは明らかだろう。正社員としての採用が難しくなるのも当然だと思う。経営者は、人を雇わない経営に徹するだろうし、残業が問題にならない外注を使うだろう。無人の企業を考えることすらあるだろう。企業に、福祉・雇用を担わせる社会の仕組は、限界だろう。


 現在、成功している大企業も、多くは小さな段階からスタートしている。
 これは当然のことだろうが、小さな段階のときのことを、当時の経営者(多くは創業者)にそれとなく聞くと、現在の形を予定していたとしか思えないことに出くわす。大きくなれば、計画を立て、それを目指して努力することは普通になるだろうが、小さな段階でも、同じように考えている。
 「小さな段階でも計画は立てるよ。」と言われるかもしれないが、多くは、小さな段階から目標を少し上げたものだろう。
 「初めから大きな目標を立てることはない。」と言われるかもしれない。確かに大風呂敷を広げることは、フォロワーにとって、実現可能性がなく見えてしまうので、効果的でないかもしれない。しかし、構想は必要だろう。構想がなければ、そこにはたどり着かないように思う。
 小さな段階から大きな構想を持ち、そこに向けて着実に実行してきたという形が必要だと思われる。そうでなければ決意は揺らいでしまうだろう。


 ある会社の経営者語録として次のものがある。
「企業文化の勝負  トップが腹を決めて良い社風を作ろうとしない限り、良い社風はできない。社員が働き甲斐のある会社にするためには、トップみずから使命感と倫理観を持ち、透明な経営を心がけることが大事。」
 この言葉は当たり前のことのように思われるが、本当に実行することは、難しいだろう。
 この経営者の方が、どのような場面でこのように考えるに至ったのか、詳しく聞いたものではないので、その方の他の話などから推測するしかないが、企業の成長の早い段階で、このように決意されたであろうことは、実感として理解できる。
 どの企業も、昔はいろいろあったであろうが、あるとき、早い段階で決意することが必要だと思う。


 ぎりぎりの経営をしていると、その月の支払ができれば良いという頭になってしまう。
 その月の早い段階で資金の目途が付くと、気持ちが楽になる。逆に、支払日が近づくと、借入を起こすのかどうするのかに悩むことになる。気持ちが楽になったり、悩んだり、ということになる。
 「良いときもあれば悪いときもある。」と一般に言われているため、気持ちが楽になったり、悩んだりということは、こういうことなのだと思うことになる。
 しかし、このようにとらえると、「良いときもあれば悪いときもある。」という言葉は、きわめて受身の言葉になってしまう。なんとか主体的にいきたいものだと思う。
 目先のことだけにとらわれない修正・改革を考えるべきだ。実際のところ、そのような道はある。本人が気がつかないだけだということは、よくあると思う。法律としてもいろいろ用意されているし、そこまで行かなくとも、経験的に対処法はある。
 是非、第三者の意見を聞いてほしいと思う。


 資産を築いた経営者は、現在よりも高い金利の時代に、金利との競争に打ち勝った人たちだ。もちろん、競争は、ライバル企業との間でもあったし、税務問題、労務問題など、いろいろなバトルはあったであろうと思う。しかし、経済の根本にあるテーマは、金利だろうと思う。
 ところが、デフレが20年以上も続き、低金利の時代が続くと、金利との競争が忘れられていると思われる。知らない間に、金利に注意を向けない意識になっていないか、見直す必要があるだろう。
 金利との競争という時代を、思い起こす必要がある。