次のような場面に遭われたことはありませんか。


 私は、夫が交通事故により死亡したことから、相当額の保険金を受領しました。
 私が保険金の受取人に指定されていたものです。夫との間には、まだ幼い子供が3人います。
 私は、将来、再婚するかどうかについては、現時点では、その考えはありませんが、将来のことですから、どうなるかはわかりません。
 3人の子供たちが、生活に不安なく成長できるようにしておきたいと考えています。

2 
 私は、最近、自分でも思ってもみない粗相をしています。
 全く同じものを二重に買ってしまったり、既に処分しているのに、まだあると考えてそれを探してみたりすることがあります。
 これくらいならばまだ良いのですが、自分がボケてしまったときを考えると不安です。

3 
 私は、会社を経営しています。会社の株式については、経営を担っていく者に、まとめて相続してほしいと考えています。株主が分散してしまい、株主総会の運営上問題が生じてしまっては、経営する者が経営に本腰を入れられないと思うからです。
 しかし、会社の得た利益については、他の相続人の家計費の足しにしてほしいと考えています。
  
4 
 私は、相続財産は、一族の中で、能力的にも性格的にも一番の者に継いでもらい、一族のために管理してほしいと考えています。
 そのかわり、財産から得られる収益金については、一族皆のために、公平に分配したいと考えています。

5 
 私は、親から引き継いだ相続財産は、子や孫がきちんと成長できるために利用したいと考えています。
 子や孫が、自分の才能を伸ばすために、受けたい教育があるのに、お金がないことからそれをあきらめることがないようにしたいと考えています。
 しかし、大学を卒業した後は、自分で働いて生きていってほしいと思います。

6 
 私は、賃貸している不動産が、いくつかあります。今般、相続人の間でもめないように、遺言をしておきたいと考えています。
 しかし、賃貸している不動産は、規模や収益性にばらつきがあり、遺言をどのように書けばいいか、むつかしいと感じています。
 また、私ならば不動産を扱えるでしょうが、相続人にそれができるか不安もあります。
 さらに、遺留分の問題があることも、きいております。

7 
 私には、障害をもった子供がいます。その子は、とても一人で財産を管理することは出来ないと思います。
 私の生きているうちに、その子が、私の死後も安定した生活が送れるようにしたいと考えています。

8 
 私は、犬を飼っています。独り身の私にとっては、家族同然であり、かけがえのない存在です。
 しかし、私に万一のことがあったとき、どうなるか心配です。


 私には、相続人として、先妻の子と現在の妻があります。
 ところが、あいにく2人の間は、あまりうまくいっておりません。
 また、私には、一人身の妹もおり、私に頼っています。
 私は、賃貸不動産をもっており、先妻の子が管理をしておりますし、孫もいることから、ゆくゆくは、先妻の子にその不動産を継がせたいと考えていますが、現在の妻や、妹にも、その存命中は、賃貸収入の大部分を与えたいと考えています。

 多くの法律があるのだから、自分の考えるところを実現するためには、何かかんかの制度があるはずだとお考えになられることでしょう。
 しかし、制度には、いろいろな制約があって、メリット、デメリットがあります。先に記した9つの場面で社、信託という制度を利用しないと、その目的を実現できません。
 ところが、信託という制度は、これまでの日本では、あまりなじみのないものでした。これは、信託業を信託銀行のみに限定していた、日本の特殊性によるものです。
 しかし、大正11年に制定された信託業法が、80年ぶりに全文改正され、平成16年12月30日に施行されました。これにより、信託業が信託銀行以外にも開放されました。
 これからは、信託をいかに利用していくかを考える時代となっています。


 家族信託とは、自分と愛する家族の生活を守るために、信託という制度を利用し、中長期的な視点に立って、組み立てられたスキームである。

 家族信託を考えるにあたっては、個々の家庭の事情・環境により、扶養、後見・管理、遺産分割、事業承継、社会貢献を組み合わせ、財産の承継・移転と財産管理の2つの側面を同時に確実に満たすスキームが求められているとされる(信託229号.386頁.星田寛)。
 そして、具体的なニーズとして、次のような例示がなされている。
1.自らの判断能力低下に備えた生活維持・財産管理のため、また配偶者(病弱・認知症等の場合もある)のために伴侶亡き後の生活が安定できるようにしたい。
2.再婚による配偶者の生涯にわたる生活安定のための居住・生活資金の確保、とともに先の配偶者との間の子への確実な財産承継・帰属ができるようにしたい。
3.自社株・先祖からの不動産を守り、議決権行使・管理を円滑にし、また今後の相続による財産分散を少なくしたい。
4.財産の収益、配当・賃料等の請求権を老妻等特定の家族に与え、その元本は別の者に帰属させるなど、アンバランスな財産構成、複雑な家族構成のため遺産分割の選択肢を広げたい。
5.散財する者・騙されやすい者・障害者等、管理・判断能力が乏しい子孫の親亡き後の生活維持や財産管理に不安があるため、確実な誰かに託したい。
6.同居または近くに住み、身近な存在としての可愛い孫が、(浪費されないよう定期的に支援し)十分な教育を受け、お金に困らない人生を、豊かな生涯を得られるように、または何かと世話になり頼りになる存在としての子孫とその家族に、感謝の気持ちとして残った財産を有意義に使えるようにしたい。
7.自己の存在を忘れられないよう、菩提を弔う寺院を、特定の子孫の活動を、または特定の非営利活動等を、定期的に支援または寄付し続けるようにしたい。
8.全国各地に居住する・多忙な・高齢の相続人にとって、分割協議と手続きは煩わしく十分な話合いができないので、煩雑な検認・相続手続きを回避し、速やかに財産を利用できるようにしたい。また、本人にとって、遺言はその作成のタイミングと記載内容の難しさによるトラブルの可能性があり、また厳格な要式は高齢者にとって面倒であり、いつでも自由に相談しながらコントロールできる方法がよいとの声がある。

 このようなニーズに対しては、個々の家庭の事情・環境を踏まえ、適切な財産観・家族観に基づいた対応がとられなければならないところである。


 信託は、財産の管理制度としては優れていると考えています。(もちろん税法上、改善されると良い点もありますが。)ところが、信託は、日本ではあまり普及していないようです。
 その原因は、信託が、不動産について、受託者に名義を変更する点にあります。信託を利用する必要がある人は、不動産を所有する人であり、年配の方が多く、この名義変更に抵抗感が強いのです。
 信託の利用を考えるのは、自分が、将来、認知症になるおそれがあることなどを考えたからです。ですから、自分に何らかの衰えが生じることを前提としているので、ある程度、誰かの力を借りることが必要です。不動産の名義を受託者に変え、自分は受益者として、受託者から保護を受けるのですが、感覚的に立場が弱くなると感じるのでしょう。
 このことは、信頼に足る受託者を見つけられないということでもあります。自分の将来を考えれば、誰かに任せるしかないと考えるべきなのか、いや、まだ自分はがんばるぞと思うのか、は難しい判断かもしれませんが、若い人の立場に立てば、どこかで信頼する人を見つけるべきでしょう。