限定承認というのは、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済する、との留保をつけた相続の態様です。
 相続人にとっては、相続を開始しても、被相続人の財産や負債の金額が正確にはわからないことがあり、財産の方が多いと思って相続した後に、予想もしていなかった莫大な負債が出てくると、相続人は予期に反して多額の債務を引き継いでしまうことになるため、このような相続の態様が認められています。
 限定承認という方法は、単純承認(財産と負債の全てを引き継ぐ、通常の相続の態様)でもなく、相続放棄でもないという特殊な方法とも言え、様々な条件がつけられており、手続が複雑でもあります。様々な事務処理を滞りなく行う為にも、限定承認を選択する場合には、弁護士に委任することをお勧めします。
 


1 相続放棄とは 
 相続とは、亡くなった人(被相続人)の権利義務の一切、債権債務を含めて全てを承継するものです。
 被相続人のマイナスの財産がプラスの財産の額より大きい(債務超過)場合には、相続によって相続人が多額の債務を負うことになってしまうため、民法では「相続放棄」を認めています。
 相続放棄は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に家庭裁判所に相続放棄の申述をし、受理されることで成立します。
(なお、債務超過の場合に選択できる手続きとして、「限定承認」という制度もあります。詳しくは、「限定承認」の欄をご覧下さい。)

2 保証債務の発覚
相続放棄に関連して問題となるのが、「保証債務」です。
被相続人が主債務者(借金をした本人)となっている借金については、借用書(金銭消費貸借契約書)が残っているでしょうし、たとえ借用書が残っていなくて も、金額が大きければ不動産などを担保に入れるでしょうから、不動産登記簿謄本からその存在を確認することなども容易です。
 しかし、被相続人が他人の債務を連帯保証していた場合には、主債務者の金銭消費貸借契約書に連名で署名したのみで、保証人は契約書のコピーをもらわない場合も多く、被相続人から「私は○○の連帯保証人だ」と話を聞いていない限り、相続人はなかなか知ることはできません。
 連帯保証債務の存在を知らずに相続してしまい、何ヶ月あるいは何年も経ってから、主債務者が破綻したことを機に、突然相続人に請求が来ることがあり得るのです。

3 後に保証債務が発覚した場合
 2で述べたような保証債務の性質に鑑み、最高裁は、「相続の開始があったことを知った時」について、「相続人が相続 財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である」と判示しています(昭和59年4月27日判決・ 判例時報1116号29頁)。
 債務が全くないと誤信していたために、「相続の開始があったことを知ってから3ヶ月」を経過しても相続放棄の手続きをとらなかった場合には、その誤信をするについて相当の理由があると認められる場合にのみ、例外的に、債務の存在を知った時(例:債権者からの督促状が 届いた日)から3ヶ月以内に手続きをすれば、家庭裁判所で相続放棄が受理されることとなります。
 ただしこの場合、家庭裁判所が相続放棄の申述を 受理しても、債権者が「当該相続放棄の申述は、期間経過後になされた無効なものである」として争ってくる可能性は否定できません。たとえ家庭裁判所で放棄 の申述が受理されていても、放棄の有効性は最終的には訴訟で決まりますので、債権者からの訴訟提起により、内容によっては放棄が無効とされる可能性もある ということを頭に入れておく必要があります。
 放棄が認められず、保証債務を相続してしまった場合、資力でまかなえる額であればいいですが、ご自分の資力を超えた多額の債務を被ってしまうと、債務整理手続に拠らざるを得なくなってしまいます(※当HP「債務整理」参照)。
 また、たとえ放棄が認められた場合でも、一度相続した後何年も経ってからの放棄では、既に相続した財産を処分・費消してしまっている場合など、面倒な問題がいくつも出てくる可能性があります。

4 相続発生時の留意点
  上記1?3を踏まえ、相続が発生した場合には、亡くなった方がどなたかの保証人になっていないかどうかについて、できる限りの調査を尽くしましょう。調査を尽く すことで、たとえ3ヶ月経過後に保証債務の存在が発覚した場合でも、「債務が全くないと誤信」するに足る「相当の理由」があると認められる可能性が高くな ります。
 また、後に保証債務等多額の債務が発生した場合に備え、「限定承認」の手続きを選択することも有効です(※「限定承認」参照)。

5 ご自分の相続人のために
 4は、ご自分が相続人の場合の留意点です。
 ご自分の死後、相続人となるご家族をこのような混乱に巻き込まないため、連帯保証人にはならないことが鉄則です。もしやむを得ず他人の債務を保証している方は、それが分かる書類を手元に残しておくことや、保証人をしている事実を家族に話しておくことが必要でしょう。

6 相続放棄した後
 相続放棄をされた場合は、他の相続人(故人の配偶者や子供など)や、あなたが相続放棄したことにより新たに相続人となった方(故人の親や兄弟姉妹などの後順位相続人)に、相続放棄した旨を連絡するのが望ましいでしょう。

 これは、相続放棄は各自でできますが、放棄した人から連絡しなければ、他の人はあなたが相続放棄したことが分からないため、相続人のうちの誰かが相続放棄したまま放置しておくと、後々相続関係が複雑・不明確になり、不動産など、相続登記されないまま放置される遺産が生じる原因にもなるためです。

 しかし、連絡すると言っても、他の相続人や後順位相続人の中には、どこの誰だか分からない人もいるでしょう。その場合、相続関係は、戸籍を遡ることで明らかになります。
相続人の数が多い場合には、必要な戸籍の部数が多くなり、時間もかかりますし、相続人の中には、一度も話したことのない親族の方がいる可能性もありますので、弁護士や司法書士など、第三者である専門家に相談することも有効です。




相続放棄・限定承認をする前でも後でも、相続財産を勝手に処分すると、「相続財産を相続する意思」があるものとして単純承認(民法920条)が推定され、相続放棄も限定承認もできなくなる(もしくは無効となる)ことがありますので注意が必要です(法定単純承認 民法921条)。

「処分」にあたる行為(例)
 ・遺産分割協議を行う
 ・相続財産を売却する
 ・相続債権(貸金等)の弁済を受領する
 ・被相続人の預金を下ろして使う
 ・被相続人の所有自動車の名義変更をする


相続開始を知らないまま相続財産を処分してしまったケースにおいて、法の趣旨に照らして単純承認を擬制するだけの根拠がないと判断した判例もあります(最判昭42.4.27)が、原則的には上記行為があれば単純承認が推定されます。
もっとも、相続放棄や限定承認をする場合でも、亡くなった方の衣服などの遺品を全く捨てることができないとなると不都合が生じますので、常識的な線引きは必要です。
(判例)
 ・被相続人の上着やズボンを1着ずつ譲渡した行為については「処分」に該当しない(東京高判昭37.7.19)。
 ・被相続人の火葬費用の足しにするため相続財産を支出した場合は「処分」に該当しない(大阪高決昭54.3.22)。


相続人がいないときや、相続人の存在、不存在が明らかでないときなどには、家庭裁判所に相続財産管理人の選任申立をします。
申立は、利害関係人(被相続人の債権者、特定遺贈を受けた者、特別縁故者など)が行います。


なお、「相続人がいない」という状態は、相続人全員が相続放棄をして相続する者がいなくなった場合にも生じます。
相続放棄をすると、その相続に関しては初めから相続人とはならなかったものとみなされますが、民法940条1項は、相続放棄をした相続人は、後順位の相続人が相続財産管理を始めることができるまでは、自己の財産と同一の注意をもって相続財産管理を継続する必要があると定めています。
最後に相続放棄をした相続人には後順位の相続人がいませんので、家庭裁判所に相続財産管理人の選任申立をし、相続財産管理を引き継いでもらうことにより、自らの相続財産管理業務を免れることができます。


相続財産管理人には、通常は地域の弁護士が選任されます(申立時に候補者を推薦することもできます)。
相続財産管理人は、被相続人の債権者等に対して被相続人の債務を支払うなどして清算を行い、その後家庭裁判所が相当と認めるときは、被相続人の特別縁故者からの申立に応じて相続財産分与が行われる場合もあります。
清算後に残余財産がある場合は、国庫に帰属されます。