自分は、子(または後輩)に対してどのように接しているか
自分の親がどうしてくれたかを考えると、今度は、自分はどうしているかを考えてみるべきだろう。すると、反省しなければいけないと思い至る。
自分の親がどうしてくれたかを考えると、今度は、自分はどうしているかを考えてみるべきだろう。すると、反省しなければいけないと思い至る。
私の家は、父も私も、先代の仕事をそのまま継承していない。継承するほどの規模や収益のある仕事ではなかったからであるが、そもそも親から「こうしなさい」という強制は一切なかった。
職業だけでなく、それ以外の選択でも強制はなかった。1つだけ「強制されたな」と思うのは、私が小学生のときに、どの漢和辞典を選ぶかという場面で、私はうすくて持ちやすい辞典がいいと思っていたのに、父が一番厚い、分量の多い辞典がいいと言って、それを買わされたことぐらいだ。(その辞典は、小中学校では必要のないような漢字や用例がやたら多く、結果的にあまり使わない結果となった。)
私は、強制されなかったことには、心から感謝している。
今から思うと私を誘導しようとしていたなと感ずるところはあるが、当時は、それすら感じなかった。
梶本晏正著「『跡継ぎ育て』の親学」(中経出版)に、子どもとの正しい接し方10か条がある。
1 食事時間を守る
2 間違いに気づいたら心から謝る
3 愛の手紙、愛の電話を活用する
4 短時間でも密度の濃い接触を心がける
5 口はほどほどに、しかし関心は高くもつ
6 「あんよが上手」と嘘でもほめる
7 「カメタイプ」の子どもでも成長を焦らない
8 自分で選択させる
9 「逃げ道」も用意してあげる
10 親が身をもって「感謝の心」を教える
どれも必要かと思うが、一番大事なのは、「8 自分で選択させる」だと思う。
P.F.ドラッカー著「プロフェッショナルの条件」(ダイヤモンド社)の中に、次の記載がある(234頁)。
「私が13歳のとき、宗教のすばらしい先生がいた。教室の中を歩きながら、『何によって憶えられたいかね』と聞いた。誰も答えられなかった。先生は笑いながらこういった。『今答えられるとは思わない。でも、50歳になっても答えられなければ、人生を無駄にしたことになるよ』
長い年月が経って、私たちは60年ぶりの同窓会を開いた。ほとんどが健在だった。あまりに久しぶりのことだったため、初めのうちは会話もぎこちなかった。するとひとりが、『フリーグラー牧師の質問のことを憶えているか』といった。みな憶えていた。そしてみな、40代になるまで意味が分からなかったが、その後、この質問のおかげで人生が変わったといった。
今日でも私は、この『何によって憶えられたいか』を自らに問い続けている。これは、自らの成長を促す問いである。なぜならば、自らを異なる人物、そうなりうる人物として見るよう仕向けられるからである。運のよい人は、フリーグラー牧師のような導き手によって、この問いを人生の早い時期に問いかけてもらい、一生を通じて自らに問い続けていくことができる。」
この話は、自分を見つめ直すことをスタートするにあたり、一番良いと思う。
しかし、ドラッカーも「自らに問い続けている」と言うように、どこまでも続く問いかけである。
「一族を設計する」とは、「なんと思い上がった、時代錯誤の言葉だ。」とお感じだろうか。たしかに、適当な言葉が見当らない。
これまで私が見てきたこと、人から聞いたこと、書籍により知見したことなどを統合して、こんなことを考え、実行してみたらどうだろうかということを述べてみたい。
これは、私にとって現在進行形の事柄であり、自分の恥をさらすことにもなりかねないが、50歳を超えて1年目は、新しいスタートの時であると考えて続けるものである。