人生の目的とは何か

 人生は、祖先から受け継いだDNAの本領を発揮させることである。表現の仕方が科学的に正確かどうかはわからないが、感覚としてとらえていただきたい。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年10月09日 | Permalink

計画実現のための法的スキーム

 計画実現のための法的スキームとしては、次の方法を選択し、組み合わせることになる。
 1 規約
 2 契約
 3 信託
 4 遺言

 具体的には、会社設立(法人化)、会社分割、種数株の発行、持株会社化など、法務面、税務面での検討を行ないながら、計画する必要がある。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年10月02日 | Permalink

ファミリービジネスの観点から、離婚をどのように考えるか。

 離婚を考える前に、夫婦間の愛情、親子間の愛情について、十分考えるべきだ、というのが私の実感である。
 民法の離婚原因として、「不貞行為」が第1に記されている(民法770条)。

  1 配偶者に不貞な行為があったとき
  2 配偶者から悪意で遺棄されたとき
  3 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき
  4 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき
  5 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき

 立法担当者が、どのような価値判断で、このような順位を定めたのか、私は、詳しく検討したものではないが、私の実務経験上の感覚からは相当にずれていると言わざるをえない。

 離婚を考えるべき状況
  1 配偶者からの暴力が一方的に連続するとき
  2 悪意の遺棄
  3 配偶者の生死が明らかでないとき(3年を待つ必要はない)
  4 強度の精神病で回復の見込みがないとき

 離婚を考える前に今一度立止まって考えるべき状況
  1 不貞行為
  2 浪費

 一般的には離婚を考える状況にないが、本来、離婚を考えるべき状況(また、離婚を認めるべき状況)
  1 夫婦間、親子間のコミュニケーションの欠如・不足
  2 思いやりの欠如・不足
  3 家計費(婚姻費用)を負担しないとき


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年09月03日 | Permalink

ファミリーの歴史の編纂

人生の後半になったら、自分の歴史を含めて、ファミリーの歴史を編纂してほしいと思う。

自分の歴史資料は、余分なものまで残してしまうし、逆に、自分以外のファミリーの資料は、なかなか集められないが、ある物は捨てられない。
しかし、このような傾向があることを踏まえ、大胆に、取捨選択してほしい。

時間の経過とともに、何が残すべき資料か、判明すると思う。時間の経過の中で、徐々に判断してほしいと考えている。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年08月28日 | Permalink

事業戦略

 弁護士は、職人であって、自分で聞きとり、調べ、文書化して裁判手続などの業務を行なっている。そのような業務方法をとっていない弁護士もいるだろうが、少なくとも弁護士としてのスタートは、職人だったと思う。したがって、努力の意味を自分の体で把握している。
 しかし、いろいろな企業の相談を受け、取締役会や種々の会議に参加し、企業の様子を見ていると、日常の業務とは別の判断業務があることに気がつく。これは、弁護士だけでなく、職人であった人がどこかで気がづく問題なのだと思う。
 この日常業務とは別の判断業務が事業戦略なのだと思う(戦略と戦術の違いとか、いろいろあるかもしれないが、ここではあまりむつかしくとり上げていない)。
 世の中では「額(ひたい)に汗する」ことを尊ぶところがあるが、日常業務に忙殺されているときは、事業戦略を考えなければいけない時期なのだろう。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年08月18日 | Permalink

金融機関との付き合い方

 経営発表会として、何社(行)かの金融機関に集まってもらい、経営者が会社の状況を説明し、今後の見通しや決意について語ることは有効だと感ずる。
 ただし、金融機関だけが集まると、互いに牽制があるため、固い雰囲気になるようである。銘酒の飲み較べ会のような楽しい状況を作ったりして工夫している会社もある。
 どのようなやり方を選ぶかは、各経営者の個性により、自分の得意なやり方で良いと思うが、継続して経営発表会を行なうことが大事である。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年08月04日 | Permalink

学校の選択

 我が家では、中学受験、大学受験を経験した。
 幼稚園から始まって小学校、中学校、高校、大学、大学院と受験の連続である。難関の学校への入学実績が大きな判断材料となっているようである。もちろん、そうでない基準で学校を選んでいる人もいるだろう。
 しかし、自分自身や子の受験を通じて感じるのは、学校を選ぶのは本人(子)であるという点である。
親が子を、その気にさせたならば、子は自らの意思として進むのかもしれないが、どんな形であれ、出願するのは本人である。
 幼稚園や小学校は、親が決めるしかないではないかと言われるかもしれない。確かに子にとって良い環境を考えられるのは、幼稚園や小学校では親かもしれないが、それでも本人の自覚は重要だろう。
 今でもよく覚えているが、私が幼稚園に初めて行ったとき、近所の子と一緒に、タクシーか誰かの車で出かけた。幼稚園バスではなく、最初は、親と一緒に行ったのである。そのとき、これから「勉強」というものをするのだと随分緊張っして行ったことを覚えている。すぐに「勉強」などというものはないことが分かり、問題児として自由に振舞ったのであるが、最初は、幼稚園という新しい場所について、すごく自覚していたのだから不思議である。
 学校は、本人が選んだのであれば、納得するであろう。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年08月01日 | Permalink

子弟の就業先

 親が自分の子弟を自分の会社に入れる前に、修行として、どこか別の会社に入れることがある。
 こうした場合、自分の子弟を預かってもらう先としては、どんなところが良いのだろうか。
 自分の会社の業界について勉強させるために、同業で、それなりの規模・組織があり、学ぶべきところがある会社を考えることが多いのではないだろうか。
 この場合、子弟が入社した会社の周囲の人たちが、その子弟をどのように扱うかは注意した方が良いところがある。普通の人と同等に厳しく接するよりも、お客さん扱いで甘やかすことがあるようにも聞く。自分(親)と入社させる会社の経営者とが十分に理解し合っている場合でも、いつもその経営者が子弟を見ていられるものではないから、どうしても先輩、同輩の人たちとの関係の中で甘えが出るようである。
 甘えの中で仕事をして、それがあたり前になってしまうことは、その子弟にとって不幸である。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年07月30日 | Permalink

投資と消費

 スリーサークル・モデルの1つの視点である「ファミリー」の視点からは、生活の維持や楽しみが重視され、消費という方向へ進みがちである。
 しかし、もう1つの視点である「経営」の視点からは、投資効率を重視することになり、どこまでも投資を考えていくことになる。
 スリーサークル・モデルの「オーナーシップ」の考え方が、この対立を調整することとなるだろう。
 一般に、創業者世代は、投資を追及し、ビジネスの成長を第1に考えるだろう。そこでのオーナーシップは、未来に向けた基盤づくりであり、その所有である。ここでは、未来をどのようにしたいのかが問われるところであるが、意外に漠然としていることも多いかもしれない。
 ところが、第2世代になってくると、創業者の苦労を見ている場合、その考え方への共鳴はあるものの、お金は使ってこそ活きるという考え方が出てくるだろう。
 さらに、第3世代以降になってくると、お金の使い方(消費)へと進んでいくことになる。そこでは、所有し、収益を再投資するのではなく、収益からの配当を求めることになる。
 オーナーシップは、日本語では、所有(権)と記されるが、投資と消費のバランスを誰がどのようにとるのかが明確にされなければならない。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年07月28日 | Permalink

ファミリーの歴史をいかに記録に残すか。

 「若いうちは、自分の歴史などまとめなくても良いから、もっと前に進め。」と自分に言いきかせてやってきた。
 確かに、若いうちは、自分の可能性も未知であるし、自分の果たすべき役割もわかっていない。自分の関心もどんどん変化する。
 したがって、自分の歴史をまとめてみても、見当違いとなることが多いだろう。
 しかし、年齢を重ねるにしたがって、自分はまず何を果たすべきかを選択し、それに集中しなければいけなくなると、そのために自分の歴史をふりかえってみることは悪くないと思う。
 さらに、自分の人生だけでなくファミリー全体の歴史を考えると、自分にしか記録できないことも多いことに気づく。老親がいるならば、少なくともいろいろと尋ね、記録しておくことは必要だと思う。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年07月24日 | Permalink