個人事業主から見た、仕事のとらえ方の切り替え

個人事業主が人を雇っている場合、自分の仕事を進めるために、その人を役立てようと考える人が多いだろう。
自分が中心となって人を引っ張るという感覚。

しかし、その場合、不満が多いのではないかと思う。

そこで、雇っている人が力をつけてくれることに尽力し、自分に配当するという形にならないかと考えてみる。
これは、組織のあり方、仕事のとらえ方を切り替えることになる。

雇われている人は、多くは指示待ち族で、個人事業主が、引っ張っていかないとだめだと感じる人が多いかもしれないが、急がば回れという面もあるように思う。

自分の仕事については、人を引っ張るということではなく、人が力をつけるためにどうしたらよいかを考えることになる。

「配当するという形」というのも、それぞれの仕事で違ってくるため、一律には言えないが、自分の仕事では、どういうことかを考えてみるべきだろう。
たとえば、親が子に仕事を継いでもらうことを考えるように、親族関係のない人でも、どのようにしたら「継いだ」といえるのかを考えてみるべきだ。

ただし、世の中の多くの人は指示待ち族だとは思うので、人の採用について、時間をかけて修正していくことになるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年10月04日 | Permalink

サザコーヒー(SAZA COFFEE)

東京駅近くの KITTE 丸の内店に入ってみた。
パナマ・ゲイシャという銘柄のコーヒーが一杯、3,000円、2,000円、1,800円でメニューに出ていた。
他の銘柄は、もっと安いものが多くあったが、これだけ突出していた。

3,000円、2,000円、1,800円という値段設定が、興味深く、その理由を尋ねてみた。

同じような環境の豆でも、評価された豆は高く、そうでないと安いということだった。
評価されたかどうかの違いが大きいということだ。

評価(お墨付き)があるかどうかの違いを、お店側とお客側とで、それぞれどのように取り扱うかが問題となる。

お店側としては、評価(お墨付き)があることを、安売りの価格競争に巻き込まれないために使うことはあるだろう。
しかし、評価(お墨付き)があることの違いを、どのように説明するか、実際にお客側に分かってもらうか、が大事になるだろう。

お客側の私としては、評価された豆とそうでない豆の違いを追及し、その違いを味わう道を進むのか、ほぼ同じグループのものとして、違いを気にしないでそのグループを味わう道を進むのか、分岐点に立たされた。

私は、評価された豆とそうでない豆の違いが分かるほどの感覚はないと思う。
話の種になるとは考えたが、それだけに終わらせるのも寂しい気がする。
まあ、いろいろ考えたので楽しめたかもしれない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年10月02日 | Permalink

名古屋ボストン美術館 最終展 ハピネス

幸せという観点から作品を見ていくのは、普段そうしていなかったので、新鮮であった。
普段は、作者の意図とか格闘の姿を探していたように思う。

江戸四季風俗図巻(無款 菱川派)は、四季折々の人々の姿が、誇張することなく書かれているだけだが、その姿を見ると自分と近いものを感じ、幸せというものを改めて考えることになった。

琴棋書画図(曾我蕭白)は、俗塵を離れた自然に遊び、4つの風流事を嗜む理想の高士像を描いたものということだが、これも、何か特別なことをしなければ、そこに行き着けないというものではないことを示していると思う。

幸せに安住することを良しとは思わないが、普通の姿でも良いとすることは、よく考えてみるべきだと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月27日 | Permalink

安室奈美恵の引退

安室奈美恵の引退について、多くの記事が出ている。
その多くは、引退を惜しむものであるが、反対の意見も当然あるだろう。
しかし、その取り上げ方は、私には、踏み込みが足りないように感じてしまう。  

「ミュージックステーション ウルトラFES2018」で、安室奈美恵の初出演からの全出演を短時間にまとめていた。
全体をコンパクトにまとめることで、振り返りがしやすくなる。

小室哲也のグループから離れた(?)ことで、CD売上枚数が減ったことがはっきりしている。
CDの時代が変化していったという面もある。

安室奈美恵は、若い頃の大成功を足場に、努力を続けた人であることがわかる。引退という判断も、その努力がいつまで続けられるかという判断によることが伺える。

マスメディアは、どうしても感傷的な取り扱いになってしまうが、それとは別に、自分自身で、安室奈美恵の歴史を数字でとらえると、違った見方ができるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月21日 | Permalink

街を歩いていると、外国人が多くなっていることに気がつく。

日本人と似ている外国人も多いだろうから、外国人の数は、見た目よりも多いだろう。

外国人だからというだけで何かを決められるものではない。
 日本人も、いろいろな人が増えてきたと感ずる。

こうした状況では、人を見る目が大事になってくるだろう。
 価値観のばらつきが大きくなると、その見極めが不可欠だ。
  例えば、結婚に関しては、昔は結婚相手を親が決めていた時代もあった。
  しかし、それができたのは、価値観のばらつきが少なく、実際の姿もばらつきが少なかったからだと思う。

人を見る目が大事だとなると、ある程度の期間、多くの人を見る必要があるだろう。
一人の人を判断する場合でも、価値観のばらつきが大きく、いろいろな人が増えてきた状況では、ある程度の期間が必要だろう。

今の時代は、人を見る見習い期間が、だらだらと続く時代だ。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月19日 | Permalink

老後のために〇〇〇〇万円貯めよという言い方・発想は、おかしいと思う。

貯金額で表わすことは、多くの人にわかりやすいので、そうするのだろうが、貯金を崩して生活していくことを考えているのだろうか?
 人生100年時代と考えるのであれば、いつ寿命がくるかわからないので、貯金を崩して生活することは、大いに不安だと思う。

貯金額を基準にするのであれば、貯金から得られる利子で生活することを前提とするべきだ。

あくまでも収益性で判断するのが正しいと思う。
 株式であれば配当。
 不動産であれば賃料収入。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月18日 | Permalink

本とどのように付き合うか?

自分が何らかを実行するために、本を読むことが大前提。
 時間つぶしなど、消費のために本を読むことを避ける。
 研究のためだけに本を読むことを避ける。

そのためには、実行することを探さなければならない。

先ず自ら問い・疑問を持つことがいいのではないかと思う。
その問い・疑問を、持っている本にぶつけてみる。

本を持つ範囲は、各人の境遇により様々だが、自ずから限度があると思う。
 多くの本を持つ人がいるが、使えない本を持っていても仕方がない。

本は、最初から読むのではなく、全体の構成を知り、必要なところを探すことができるようになれば、それでばよい考える。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月12日 | Permalink

ビュールレ・コレクション

エミール・ビュールレ(1890-1956)が取得した作品の4分の3は、晩年の6年間(1951-1956)にコレクションに加わったものである(至上の印象派展2018の図録20-21頁)。

この時期のビュールレのコレクション対象は、既にある程度の評価を得ていた作品である。
作品選択が保守的とされている(図録24-25)。

ビュールレが、20世紀初頭の美術に手を広げたときも、パリで創造された芸術に限定している(図録26-27)。
また、第2次世界大戦後、急速に拡大していった抽象絵画に対しては、距離を置いていた(図録28-29)。

コレクションのあり方として参考になる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月10日 | Permalink

ルールの枠組みを明確にすることは、参加者のやる気を高める。

ルールの枠組みとしては、いろいろなところで考えられる。
 収入分配、経費分担、依頼事項の示し方、

ルールの枠組み作りは、大きな組織であれば、必然的にできてくるものだろうが、小さな組織では、その必要性があまり認識されていないように思われる。

また、ルールの枠組み作りは、作った人が、それを開示すると、自分自身も縛られる。
 このことを嫌う個人事業者・経営者も多いだろう。

しかし、収入分配などで、すぐ分かることだろうが、ルールの枠組みが明確でないと、そもそも参加者は努力しないだろう。そのデメリットは大きいと思う。

自分自身が縛られることを恐れて、ルールの枠組みを開示しないよりも、参加者のやる気を考えるべきだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月07日 | Permalink

個人事業主の姿は、歴史上、いろいろな形で見ることができる。

いつの時代も、権力者側は個々人を統制しようとするが、見逃された自由はある。
 すべての人を四六時中統制することはできないだろう。
その自由の中で、人は生きてきたと考えている。

古代豪族
8世紀後半から、富豪は歴史の表面に姿を見せ始める(日本の歴史「古代豪族」290頁)。
富豪は、買い集めた田地を、元の持ち主にそのまま耕させて小作料を取り立てる(間接経営)のではなく、自らが隷属農民を駆使した(直接経営)。

中世武士団のイエの独立性
鎌倉時代の不動産訴訟では、当事者同士の示談による和解(和与)が奨励されていた。
その基礎に横たわっているのは、当事者たちそれぞれが、1個のイエの支配者であり、小なりとはいえ1つの小宇宙・小国家の君主でもあったという中世社会の特質である。
鎌倉幕府では原則として主人と従者との対立する相論は受け付けない、という基本態度を守っていた。(「主従対論」は幕府の裁判所ではとりあげない)これは、幕府と御家人との関係で御家人側の自主性を認め、主人である度家人の従者にたいするイエ支配権を承認したものと見るのが正確。

近世町人
水田に稲を作る者の上に権力が築かれた歴史の中で、非農業者の歴史は、語られなかった。
士農工商は、もともと中国古代の身分秩序で、工商は、士農と区別された卑賤身分であった。しかし、科挙の受験資格について見ると、中世には、工商は、科挙の門が開かれており、士農工商の区分は早くから崩れていった。
日本でも、町人は、士農の下位に位置づけられた身分称呼であったが、近世に固められた身分秩序だった。
中世末に、都市の自由を作り出し、闊達な文化を築き上げた町衆があった(日本の歴史「町人」16頁)。

経営型農民(山本七平「渋沢栄一 近代の創造」37頁)
渋沢栄一(1840年生)は、農耕・養蚕のほか、藍玉の製造・販売を営む豪農の家に生れた。代官から御用金の申し付けを受けた際の侮辱・嘲笑に憤慨した話(17歳のとき)(青淵百話)が残されているが、封建制・身分制を笠に着て、経済力・能力に秀でたものに対して理不尽な行為をすることを、心から軽蔑した。
能力的に、武士階級に勝る力をつけた農民が出てきている。職業選択の自由がないものの、工業・商業の分野で工夫することができた。
封建制・身分制の中で、血縁により有利な立場に生れた者の中には、相手を侮辱・嘲笑する者もいる。しかし、血縁により有利な立場に生れたというだけで、その者が自分の力で獲得したものではないものを振り回しているだけで、優れた者とは言えない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月03日 | Permalink