B1 アート作品について網羅的に語ることはできない。

 語るとすれば、美術史となる。
 アート作品について語ることができるのは、実際に自分で見て、発見したことに限定されると思われる。
 人生についても網羅的に語ることはできない。
 語るとすれば、歴史となる。
 人生について語ることができるのは、実際に自分で見て、発見したことに限定されると思われる。
 アート作品と人生とは、パラレルであり、相似の関係にある。


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink

A21 前川宗睦(1986ー )に見る展開(理屈っぽく書くとこうなるけれども自然に)

1 自分で自分の存在を確かめる最初の方法は、自分に触れてみることだろう。
  私たちは、自分の視覚を同時に利用しながら、自分の外界の物に触れてみて、得られた自分の感覚を積み重ねている。その感覚を利用して自分に触れてみることにより、自分の存在を確かめ、自分を想定する。
  自分の視覚が及ぶ範囲は、眼と手で自分の存在を確かめられる。
  視覚が及ばない所は、鏡を利用することもあるだろうし、カメラを利用することもできる。
  しかし、自分の体の中は、ただちに見ることはできない。皮膚の上から触れることにより、骨格の1部は確認することができる。
2 自分と外界は、皮膚を境界として接している。
  しかし、皮膚は、自分の外から見ることはできるが、自分の内から見ることは、困難である。
  したがって、自分で自分を見るとき、本来は「こちら」にあると思われる自分は「あちら」に存在する。
  自分の存在を確かめるために、「あちら」に存在する自分の表層をトレースすることになるだろう。
3 自分で自分を見るときに、自分は「あちら」にあるが、自分は、やはり自分であって、「こちら」にあると考えるだろう。
  それは、誰しも人間についての学術的知識があるため、その影響があるだろうと思われるが、自分の脳は、本来的に、自分は自分と思うのだろう。
  このため見ることができる表層だけでなく、自分を階層的に理解し、自分をとらえるだろう。
4 視覚は、対象の形と色、対象との距離(起伏)によって判断する。
  触覚は、対象の起伏によって判断する。
  したがって、自分の存在を確かめるための方法として利用する視覚と触覚は、対象との距離が大きな意味をもつ。
  しかし、対象との距離を把握する距離感ほど不確かなものはないだろう。
  自分が、自分だけでなく、外界を広くとらえるとき、距離感は、大きく揺れ動き、変容する。距離感は、脳の問題だと考えると、無限に変容すると言って良いだろう。
  自分が自分の存在を確かめるときに感じた「あちら」と「こちら」の関係は、外界を広くとらえたときにも感じるだろう。外界だと思っていたものが、実は、自分の内側から見た姿かもしれない。「あちら」と「こちら」の間は、確定的にとらえにくいと思われる。
5 距離感について、普通、視覚が中心になってしまうが、触覚も意識したとき、新しい変容が生じてくる。それは起伏のイリュージョンと言っても良いものだと思う。「眼で触れる」、「手で見る」という、言葉の遊びではないとらえ方の世界がある。それは脳の世界なのかもしれないが。
  あちらとこちらの間について、それは変えることができるのだという感覚を提示したい。


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink

A19 池田亮司(1966ー )

 数学とアートの関係について、数値・数式に基づく客観的な説明ができるのかどうか私にはわからない。
 +/―[the infinite between 0 and 1]に記されたいろいろな人の文章を読んでも、客観的な説明、対談があったといえるか不明である。
 むしろ、端的にベネディクト・グロスの次の言葉に全てが表現されているように思う。
「きっと数多くのフランス人数学者がこの展覧会《V≠L》を観に来ることでしょう。美術館で数学を観たいからというだけでなく、それがなによりもクールで格好いいものだからです。」(84頁)
 この言葉は、数学者でない人にとっても同様だと思われる。
 ベネディクト・グロスは、「アートという領域の境界線と数学者が立っている領域の境界線は、あちこちで接しあっている」旨を述べる(81頁)が、「接しあっている」というのは、たぶんに比喩的な表現であって直観的なものであると思われる。
 アートの立場から言えば、このような直観に基づく数学への敬意が、「クールで格好いい」と感ずることの理由だろう。
 そこには、数学を含めた科学への親和性が認められる。


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink

A18 バスキア(Jean Michel Basquiat)(1960ー1988)

 誰でも書いているようにも見える。
 描こうと思えば描けそうな絵にも思えるが、描けないのだろう。
 バスキアの作品を全体として見ると、意図して実現したものではない。天性の筆の動きからくる強さを感ずる。
 しかし、その作品が何億円という金額で取引されていることは、作品とは別の世界の話と言うべきだろう。


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink

A17 ジュリアン・オピー(1958ー )

 ジュリアン・オピーは、イギリスの現代美術作家であるが、日本のオタク文化の影響を受けていることは指摘されており、それは作品集を見れば感ずるところである。
 しかし、私がオピーの作品を見て一番感ずるのは、美術館に整然と並べられた姿ではなく、仕事場の中や日常の活動場面の中に置かれたときの生き生きとした感覚である。
 私たちは、美術品を、高価なものとして、厳重な管理の下に、厳かに見るものとして教育を受けてきた気がする。しかし、私たちの仕事場は、いろいろな物が交錯して置かれた活動の場であって、その中でいろいろな人が動いている。そのような場に合った作品が求められると思う。
 日本では印象派の絵が人気があると思うが、今の自分の仕事場に置けるか(とても購入できないけれども)と考えるとずれを感じてしまう。
 私は、ある日、道路工事の横を車で通り過ぎたとき、工事中であることを知らせるために、電光掲示板が置かれ、その中に登場して旗をふっている人の動く絵を見た。そのとき、以前に見たオピーの電気的に動く作品が思い出され、「ああ、この感覚。」と感じた。
 仕事や人が交錯する中での作品として注目している。


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink

A16 赤塚一三(1956ー )

 「樹木や草花、山や大地は分けがたく溶け合っていわゆる具象とは距離がある」(川上實)と評されるように、もやもやしたところがあるのは確かだと思う。
 赤塚の「サン・ネクテールの春」を見ても、道なのか樹木なのか雲の影なのか、残雪なのか植物の芽吹きなのか光の輝きなのか、など流動的ではっきりしないところがあると思う。
 赤塚は、「見えるようにではなく、在るように描きたい」というセザンヌの方法を信念としていることから、そこに在るものを、先ず自分の中に移し、それをキャンバスに表現するというプロセスをとると聞く。「いも判」にも似た「赤塚判」とでも言ったものだろうか。
 したがって、空間だけでなく時間も「赤塚判」には彫り込まれているように思う。 「筆を進ませる度に画面の上に現れる一つ一つの扉を開けるような、描きながら何かを探している表現」(廣江泰孝)というとらえ方は、的確だと思う。


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink

A15 伊津野雄二(1948?)の木彫刻

 彫刻は、絵画よりも空間を必要とする。この結果として、空間に対する影響力は、大きなものがある。
「eyes 母子像」と題する作品は、母子の間に、緊張感がある。2人の視線は、母の眼の位置が、子より少し高い。子は、遊離したように、背伸びして、母と向き合っている。
対になる作品として、母がひざまずき、子と向き合うものがあるが、そこには、緊張感が薄い。
子は、背伸びしてでも、親と向き合いなさいというメッセージを強く感じる。
母子像は、通常、母子が一体となり、母が後ろから寄り添うものや、向き合っていても母が子を包むものが多い。しかし、この作品は、それを突き放している。この異質性が気に入っている。


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink

A14 大津英敏(1943ー )

 「東京大学」、「赤門」は、辻井喬著「終わりからの旅」の挿画となったエスキースである。
 私が東京大学を卒業していることから、名古屋画廊の中山真一君が紹介してくれたことが、購入のきっかけである。


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink

A13 ゲルハルト・リヒター(1932ー )

1 リヒターは、1962年から1992年までのノートを開示している。また、インタビューと対談もある(「写真論/絵画論」)。
これにより、リヒターの考え方をある程度体系化することは可能である。
リヒターの絵画は、それを見ているだけでは、全てを理解することはできない。リヒターは、「仕事の本質的な部分は、本来の制作以前の調査とプランニング」にあることを当然のこととしている(同書55頁)。作家が調査とプランニングをするように、見る側もその作品から調査と展開をする必要がある。そのためには、作家は、何らかのきっかけを提供をする必要があると思われる。リヒターが評価されるのは、それがあったからだと思われる。

2 リヒターの体系「写真/絵画論」に基づく
(1) 絵画とは
「絵画とは、目にみえず理解できないようなものをつくりだすことである。」(99頁)
(2) 描くべきもの
  「ほんとうに描くべきものの範囲がどんどん狭まり、明確になっていったのです。」(55頁)この意味は、描くべきものをまず明確にするべきということである。
「人は本来、私が描いているようには描けないものだ。というのも、そこには本質的な前提、つまり、なにを描くべきかという確信、『テーマ』がないのだから。」(108頁)も同様の趣旨である。
(3) 動機
  「私にはモティーフはなく、動機(モティヴェーション)だけがある。」(106頁)
  ただし、「連作にとって私の動機は重要ではありません。」(120頁)の記述もある。
(4) 伝達
  「『伝達』つまり内容。画家がなにかを『伝達』したり、イラストにしたりするときは(ほとんど)いつも、自分の愚鈍をさらし、彼らの伝達はつねに情けないほど退屈で、虚偽に満ちていいかげんで、惨めったらしく攻撃的である」(112頁)
  「そもそも絵を描くという行為、芸術一般へと人をかりたてるものは、まず伝達したいという欲求であり、ものの見方を確定しようという努力であり、名称をあたえ意味づける必要のある、みなれぬ現象の克服である。」(134頁)
(5) なにを、いかに
  「なにを描くべきか、いかに描くべきか?この『なに』がもっとも難しい。それが本来のことだからだ。『いかに』は比較的やさしい。」(113頁)
(6) 仕事の本質的部分
  Q「あなたの仕事の本質的な部分は、本来の制作以前の調査とプランニングにあったのですね。」A「その部分は大変重要ですが、べつに目新しいことではありません。昔の画家もそういうことをしていました。何度も風景をみにでかけていっては、何千という印象のなかから、ゆるぎのない決定的印象を選びだしたわけです。」(55頁)
  「(事件の経過に関し)知識を得て、人物を知ることが、いわば作品の基盤だったのです。」(61頁)
 cf.杉本博司
(7) 方法としての偶然
  「今ではたえず偶然をとりいれている(だがオートマティスムではない)。偶然は私の構想や思いつきを破壊し、新しい状況を生んでくれる(いつもながら、ポルケも嬉しいことに似たようなことをしている)。・・・・・偶然を利用すること、それは自然を描きうつすようなものだ・・・・・しかし無数の可能性のうちのどの偶然を?」(107頁) ←cf.陶芸
  「方法としての偶然」(122頁)
(8) 写真を描きうつすことの意味
  「写真を描きうつすことによって、主題選びや主題の構成から解放された。」(114頁)
  「なにがすばらしかったかわかるだろうか?絵はがきをたんに描きうつすというような、ばからしくくだらないことによって、一枚の絵画を生みだせるとわかったこと。そして自分でおもしろいと思うものが描ける自由さ。鹿、飛行機、王様、女性秘書。なにもつくりださなくていいこと、絵画という名で人が理解するすべてを忘れること。つまり、色、コンポジション、空間性など、とっくに考えられ知られていたことのすべてを忘れる。突如、それらが芸術にとってもはや前提とはならなくなった。」(94頁)
(9) 自然との関係
 「芸術が自然を模倣するというのは救いようのない誤解である。なぜなら、いつでも芸術は自然に逆らい、理性のために創造してきたのだから。」(134頁)
 「ほんとうは、自然はどのような姿であろうとつねに我々と対立している。自然には意味も恩寵も同情もないから、自然はなにも知らず、我々とは反対に精神性や人間性をまったくもたないからである。」(110頁)
 「殺しを我々の自然(本性)の一部とみなすことが重要かもしれない。非人間的で、自然災害や肉食獣や爆発する恒星のように、野蛮で猛烈で「盲目の」自然。人間はそこまで盲目でも野蛮でもないと我々は思いたがっている、そんな自然の一部として。」(127頁)
(10) 芸術をとりまく環境
 「描写の手段(技)、つまりスタイル、技法、描写の対象は、芸術をとりまく環境である。それはちょうど、アーティストの特性(生き方、能力、生活条件など)が芸術をとりまく環境であるのと同じである。」(134頁)
 「技法は、私の意図や影響のおよぶ外にある。」(94頁)
(11) グループ
 「同じ考えの画家との交流・・・・・・グループが、私にとって非常に重要だ。一人ではなにごともうまくいかない。ときに我々は話し合いながら考えを発展させた。」(92頁)

3 リヒターのコメント(「写真/絵画論」に基づく)
 ミニマル 101頁
 マティス 101頁
 グレン・グールド 105頁
 バゼリッツ 106、125頁
 キーファー 107頁
 ボイス 110頁
 シェーンベルク 112頁
 ハインツ・フリードリヒ 113頁
 アンディ・ウォーホル 122頁


投稿者名 管理者 投稿日時 2011年12月01日 | Permalink