充実の次に考えること。

仕事のやり方は、自分に与えられた時間の許す範囲で、仕事を終えるようにする。
こうすれば、自分のなすべき仕事の全体をとられていれば、その中の何かができなくなると言うことはないだろう。
時間が限られているのだから、できなかった仕事もあるではないか、と疑問に感じられる方もあるかもしれない。
しかし、何もできていない形となっても、自分の中では、次に続く形となっていれば良い。
(もちろん、時間の許す範囲で、仕事を終える場合でも、何らかの手当ができていることがふさわしいとは考えているが。)

こうして仕事に取り組み、「精一杯生きている」と感じられれば、充実してくると思う。

しかし、このやり方だけでは、気持ちの面で、足りないと感じられるはずだ。
対応を修正していく必要がある。

では、どうするか?
新しいものを取り込む工夫が必要だ。それを仕組として作るべきだ。

自分のなすべき仕事の全体について、何かをやめてみることも大事だ。
ここからは、必勝法があるものではなく、変化をつけることだと思う。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年12月03日 | Permalink

「くそっ」と思ったことがあるのは、必要なことだ。

1804年
渡邊崋山(登)(12才)にとって生涯忘れることができない1つの事件があった。
登は、日本橋付近を通行中、登と同年輩位の若君の大名行列を冒してしまった。このため、衆人環視の中で散々打たれたり蹴られたりの辱しめを受けた。このとき、登は、燃えるような発奮が起きた。(「崋山渡邊登」7頁)

1857年
渋沢栄一(1840年生)は、農耕・養蚕のほか、藍玉の製造・販売を営む豪農の家に生れた。代官から御用金の申し付けを受けた際の侮辱・嘲笑に憤慨した話(17歳のとき)(青淵百話)が残されているが、封建制・身分制を笠に着て、経済力・能力に秀でたものに対して理不尽な行為をすることを、心から軽蔑した。(山本七平「渋沢栄一 近代の創造」37頁)

これらは、封建時代に対する近代の感性が生じたとき、ともいえるだろう。
封建制・身分制の中で、血縁により有利な立場に生れた者の中には、相手を侮辱・嘲笑する者もいる。しかし、血縁により有利な立場に生れたというだけで、その者が自分の力で獲得したものではないものを振り回しているだけで、優れた者とは言えない。

こうしたことは、程度の差はあれ、現代でも起こっている。
自分で獲得したものでもないのに(親から譲り受けたと言うだけで)、その格差を誇る人は、どこにでもいる。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年11月19日 | Permalink

紙の本・資料・定期刊行物を、どうするか?

こうしたものは、図書館か、本部かに行けば、いつでも見ることができることが多い。

私は、自分にとっての記録のように保管してきた。
いつか振り返って読むことがあると考えていた。

しかし、さかのぼって見なければいけないことは、ほとんどなかったというのが現実だ。

紙は、検索がしにくいし、朽ちていく。
自分が読んだ本を、自分と同じだけ時間をかけて読んでくれる人は、親族でもいないだろう。

結局、紙の本・資料・定期刊行物は、自分が利用するかどうかがほとんど全てで、自分が利用しないのであれば、捨てるしかない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年10月23日 | Permalink

新聞に「国は放置した」という見出しを見ることがあるが、それはどのような意味か?

法令で決められていることを、国が行わなかったのであれば、法令違反だ。
しかし、まだ何も決められていない事柄について、国が行うべきだとの観点から、「国は放置した」というのは、国民が放置したということだ。

何でもかでも国に求める言い方は、発言することは自由だが、それだけでは実現しない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年10月11日 | Permalink

個人事業主から見た、仕事のとらえ方の切り替え

個人事業主が人を雇っている場合、自分の仕事を進めるために、その人を役立てようと考える人が多いだろう。
自分が中心となって人を引っ張るという感覚。

しかし、その場合、不満が多いのではないかと思う。

そこで、雇っている人が力をつけてくれることに尽力し、自分に配当するという形にならないかと考えてみる。
これは、組織のあり方、仕事のとらえ方を切り替えることになる。

雇われている人は、多くは指示待ち族で、個人事業主が、引っ張っていかないとだめだと感じる人が多いかもしれないが、急がば回れという面もあるように思う。

自分の仕事については、人を引っ張るということではなく、人が力をつけるためにどうしたらよいかを考えることになる。

「配当するという形」というのも、それぞれの仕事で違ってくるため、一律には言えないが、自分の仕事では、どういうことかを考えてみるべきだろう。
たとえば、親が子に仕事を継いでもらうことを考えるように、親族関係のない人でも、どのようにしたら「継いだ」といえるのかを考えてみるべきだ。

ただし、世の中の多くの人は指示待ち族だとは思うので、人の採用について、時間をかけて修正していくことになるだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年10月04日 | Permalink

サザコーヒー(SAZA COFFEE)

東京駅近くの KITTE 丸の内店に入ってみた。
パナマ・ゲイシャという銘柄のコーヒーが一杯、3,000円、2,000円、1,800円でメニューに出ていた。
他の銘柄は、もっと安いものが多くあったが、これだけ突出していた。

3,000円、2,000円、1,800円という値段設定が、興味深く、その理由を尋ねてみた。

同じような環境の豆でも、評価された豆は高く、そうでないと安いということだった。
評価されたかどうかの違いが大きいということだ。

評価(お墨付き)があるかどうかの違いを、お店側とお客側とで、それぞれどのように取り扱うかが問題となる。

お店側としては、評価(お墨付き)があることを、安売りの価格競争に巻き込まれないために使うことはあるだろう。
しかし、評価(お墨付き)があることの違いを、どのように説明するか、実際にお客側に分かってもらうか、が大事になるだろう。

お客側の私としては、評価された豆とそうでない豆の違いを追及し、その違いを味わう道を進むのか、ほぼ同じグループのものとして、違いを気にしないでそのグループを味わう道を進むのか、分岐点に立たされた。

私は、評価された豆とそうでない豆の違いが分かるほどの感覚はないと思う。
話の種になるとは考えたが、それだけに終わらせるのも寂しい気がする。
まあ、いろいろ考えたので楽しめたかもしれない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年10月02日 | Permalink

老後のために〇〇〇〇万円貯めよという言い方・発想は、おかしいと思う。

貯金額で表わすことは、多くの人にわかりやすいので、そうするのだろうが、貯金を崩して生活していくことを考えているのだろうか?
 人生100年時代と考えるのであれば、いつ寿命がくるかわからないので、貯金を崩して生活することは、大いに不安だと思う。

貯金額を基準にするのであれば、貯金から得られる利子で生活することを前提とするべきだ。

あくまでも収益性で判断するのが正しいと思う。
 株式であれば配当。
 不動産であれば賃料収入。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月18日 | Permalink

ルールの枠組みを明確にすることは、参加者のやる気を高める。

ルールの枠組みとしては、いろいろなところで考えられる。
 収入分配、経費分担、依頼事項の示し方、

ルールの枠組み作りは、大きな組織であれば、必然的にできてくるものだろうが、小さな組織では、その必要性があまり認識されていないように思われる。

また、ルールの枠組み作りは、作った人が、それを開示すると、自分自身も縛られる。
 このことを嫌う個人事業者・経営者も多いだろう。

しかし、収入分配などで、すぐ分かることだろうが、ルールの枠組みが明確でないと、そもそも参加者は努力しないだろう。そのデメリットは大きいと思う。

自分自身が縛られることを恐れて、ルールの枠組みを開示しないよりも、参加者のやる気を考えるべきだろう。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月07日 | Permalink

個人事業主の姿は、歴史上、いろいろな形で見ることができる。

いつの時代も、権力者側は個々人を統制しようとするが、見逃された自由はある。
 すべての人を四六時中統制することはできないだろう。
その自由の中で、人は生きてきたと考えている。

古代豪族
8世紀後半から、富豪は歴史の表面に姿を見せ始める(日本の歴史「古代豪族」290頁)。
富豪は、買い集めた田地を、元の持ち主にそのまま耕させて小作料を取り立てる(間接経営)のではなく、自らが隷属農民を駆使した(直接経営)。

中世武士団のイエの独立性
鎌倉時代の不動産訴訟では、当事者同士の示談による和解(和与)が奨励されていた。
その基礎に横たわっているのは、当事者たちそれぞれが、1個のイエの支配者であり、小なりとはいえ1つの小宇宙・小国家の君主でもあったという中世社会の特質である。
鎌倉幕府では原則として主人と従者との対立する相論は受け付けない、という基本態度を守っていた。(「主従対論」は幕府の裁判所ではとりあげない)これは、幕府と御家人との関係で御家人側の自主性を認め、主人である度家人の従者にたいするイエ支配権を承認したものと見るのが正確。

近世町人
水田に稲を作る者の上に権力が築かれた歴史の中で、非農業者の歴史は、語られなかった。
士農工商は、もともと中国古代の身分秩序で、工商は、士農と区別された卑賤身分であった。しかし、科挙の受験資格について見ると、中世には、工商は、科挙の門が開かれており、士農工商の区分は早くから崩れていった。
日本でも、町人は、士農の下位に位置づけられた身分称呼であったが、近世に固められた身分秩序だった。
中世末に、都市の自由を作り出し、闊達な文化を築き上げた町衆があった(日本の歴史「町人」16頁)。

経営型農民(山本七平「渋沢栄一 近代の創造」37頁)
渋沢栄一(1840年生)は、農耕・養蚕のほか、藍玉の製造・販売を営む豪農の家に生れた。代官から御用金の申し付けを受けた際の侮辱・嘲笑に憤慨した話(17歳のとき)(青淵百話)が残されているが、封建制・身分制を笠に着て、経済力・能力に秀でたものに対して理不尽な行為をすることを、心から軽蔑した。
能力的に、武士階級に勝る力をつけた農民が出てきている。職業選択の自由がないものの、工業・商業の分野で工夫することができた。
封建制・身分制の中で、血縁により有利な立場に生れた者の中には、相手を侮辱・嘲笑する者もいる。しかし、血縁により有利な立場に生れたというだけで、その者が自分の力で獲得したものではないものを振り回しているだけで、優れた者とは言えない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年09月03日 | Permalink

あまりにも自分の感覚と異なることが起きる。どうすればいいのだろうか?

(ここでは、具体的に何が自分の感覚と異なるかは、述べない。)

起きたことに対応していくだけだ。
 自分にあまり関係がないことに、こだわる必要はない。

社会がどうあるべきかを考える人もいるだろうが、私は、自分との関係をよく考えることが大事だと考えている。

社会だけを取り上げて議論したり、考えてみても、それは甘い議論・検討にしかならない。


投稿者名 前川弘美 投稿日時 2018年08月30日 | Permalink