下請法と瑕疵担保責任

 売買契約・請負契約の取引類型では,目的物の引渡し後に発覚した瑕疵について,民法・商法にて『瑕疵担保責任』が規定されており,一定の要件を満たせば,売主・請負人に対して損害賠償等の請求が可能です。一方で,下請法の適用がある場合,親事業者は下請事業者に対して,返品・やり直し・経済的利益の提供が禁止されることがあります。
 瑕疵担保責任と下請法の関係について,整理していきましょう。

瑕疵担保責任の構造について

 民法では,売買契約・請負契約において,法定特別責任として瑕疵担保責任が定められており,商品給付後に発覚した瑕疵(あるべき品質・性能が欠如等)は,債務不履行ではなく瑕疵担保責任として処理することになります。また,企業間売買では,検査義務が課されており,明らかな瑕疵は直ちに通報し,隠れた瑕疵は6か月以内に通報しないと瑕疵担保責任が制限されます(商法526条)。
 民商法の瑕疵担保責任は,任意規定のため,契約条項で親事業者側に有利に変更することも可能です(多くは,瑕疵担保責任期間の延長等。)。

下請法の構造について

 下請法では禁止行為として,受領拒否の禁止,返品の禁止,不当なやり直しの禁止が定められています。しかし,これらは,“下請事業者の責に帰すべき事由”があると解除されるのであり,その典型例が下請事業者が瑕疵ある給付をした場合です。下請法の構造は,こうした瑕疵担保責任を排除する構造ではなく,瑕疵担保責任発動時=下請事業者が下請法上保護に値しない状況として扱っています。
 公正取引委員会作成の下請法テキストでは,❶隠れた瑕疵(=通常の検査では見つからない瑕疵)は受領後6か月以内(一般消費者向け保証がある場合には1年以内)に責任追及する必要があること,❷検査を省略する場合には返品等は禁止されること,が記載されています。後者については,隠れた瑕疵であれば瑕疵担保責任は認められるとも思えますが,検査省略による不利益を下請事業者に転嫁することになるため,下請法の趣旨から特に制限している部分になります。
 なお,隠れた瑕疵の責任追及期間(❶)については,親事業者が顧客等への保証期間を1年を超えて定めている場合,その期間を超えない範囲で下請事業者の瑕疵担保責任期間を延長することは許容されています。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2017年08月15日 | Permalink

違反時の減免制度(リーニエンシー)

 下請法違反行為については,行政機関の書面調査又は下請事業者からの告発によって発覚するパターンが一般的です。他方,違反について親事業者が自覚しているケースも多く,下請事業者保護促進の観点からすれば,自発的な是正こそ,企業の法令遵守姿勢として評価・奨励すべきです。

 減免制度(リーニエンシー)

 公正取引委員会は,下請法違反行為をした親事業者に対し,以下の5要件を満たして自発的是正をした場合における勧告猶予措置を公表しています。

1 調査着手前の申告であること

 行政側の調査着手とは,通常は午後に親事業者へ架電し,立入調査実施に向けた質問・日程調整を実施した段階を指します。したがって,自発的申告は,速やかに,かつ,午前中に実施すべきということになります。

2 違反行為を現時点では取り止めていること

 申告から日を待たずして,違反行為を取り止めていることが必要です。

3 下請事業者の不利益回復措置を既に実施していること

 現に生じている又は近いうちに発生する下請事業者の不利益について,回避・減縮する具体的な対応を取っている必要があります。下請代金減額事案の場合,少なくとも過去1年分の減額相当分を返還している必要があるでしょう。

4 再発防止策の実施

 勧告時には,再発防止策を行政機関に報告するよう命じられます。これをふまえて,リーニエンシーにおいても,自浄作用として違反行為抑止制度を構築・運営している必要があります。

5 行政庁の調査・指導への全面的協力

 行政機関の調査権限は,警察機関の捜索差押手続とは異なり,嫌がる相手方に対して強制的に調査・資料提出を求めることができません。そのため,調査時における任意協力を拒否した場合には,リーニエンシーの恩恵を与えない運用になっています。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2017年06月28日 | Permalink

手形払いに関する新通達

 政府は,いわゆる骨太の方針で,下請法等の運用強化,ガイドラインの充実・普及による適正取引推進を掲げ,経済産業省もいわゆる「世耕プラン」を打ち出して,①価格決定方法の適正化,②コスト負担の適正化,③支払条件の改善を課題としています。
 このうち,支払条件に関して,法律上,支払方法は特に定めなければ流通通貨によりますが,実際には預金振込の方法がとられます。もっとも,当事者が合意すれば代物弁済が可能です。直ぐに原資工面を要しない約束手形(振出人が後で現金化されることを約束した有価証券。現金化までの期間(支払サイト)が長ければ長いほど,支払われなくなる可能性が高くなる。)による代物弁済も,これまでは業界慣行・先例として実施されていた常況も多いでしょう。
 従前は下請法の規制を受けると,通常は,下請事業者が現実的に報酬を受け取る利益を潜脱しないように,支払サイトが120日以内(繊維業は90日以内)とする通達運用がされていました。

現金払いの原則化

 今回,新しい通達により,「下請代金の支払いは,できる限り現金によるものとする。」と記載されました。
 この「できる限り」とは,通達改訂の趣旨に鑑みると,親事業者側からは原則として現金払いを提案すべきとなり,下請事業者の同意があって初めて現金払いに準じた預金振込もしくは現金化までに時間・負担のある手形での代物弁済が可能になるとの意味合いで解するべきでしょう。
 また,従前から当事者の同意を経て手形払いにしてきた取引についても,親事業者側は現金払いへの転換打診をすべきと言うことにもなるでしょう。

割引コストの考慮

 新通達では,手形等の代物弁済に際しては,現金化コストについて下請事業者の負担にならないよう,「下請代金の額を・・・十分協議して決定すること。」と記載されました。
 例えば,手形は,支払サイト満了前に現金化するためには,銀行等で割引(一定額を控除の上で現金化)してもらうことが必要です。そうすると,本来的には商品納品時から60日以内に現金が受け取れるはずの下請保護規制が,実質的に潜脱されてしまうことになります。そこで,割引手数料相当額を報酬額に加算する等の打診が親事業者側に求められることになるでしょう。

支払サイトの短縮

 従前の支払サイト規制を当然としつつ,段階的短縮と最終目標として支払サイト60日以内とするように努力義務が課されました。
 この点は,実務上,大きな影響を及ぼす部分であり,当初の改正予定では一気に短縮する予定であったものを,諸事情考慮して努力義務にしたと推察されます。したがって,将来的には支払サイト60日以内が遵守事項に格上げされる可能性が高いでしょう。
 派生的に,建設業における支払方法についても,手形サイトは120日以内にするよう通達で規制されています。こちらの方も,下請法の新通達を受けて,変更される可能性があり,注意深く見守る必要があります。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2017年01月25日 | Permalink

下請法の歴史と趣旨

 下請法は,個人が平常生活していく際には,取り立てて問題視する必要がない法律です。しかしながら,企業間取引においては,親事業者からすればコンプライアンス上は看過できない問題であり,下請事業者からすれば熟知して親事業者との交渉に生かすべき法律です。
 ニッチな法律を理解するポイントは,①制定の歴史,②制定の趣旨・目的を把握することになります。

下請法の歴史

 下請法の制定日は,昭和31年6月1日です。高度経済成長の初期であり,企業が目覚ましく発展している時代です。もっとも,強い立場にある親事業者側が,人・金・物の面で弱い下請事業者に無理をさせることがあっては,産業全体の活性化は成しえません。
 本来であれば,そうした適正取引に向けた是正は,公平な市場形成の一環として独禁法で規制(いわゆる優越的地位濫用規制)がされており,その活用が望まれるところです。しかしながら,同規制は要件が規範的であるが故に認定が難しく,迅速な対応ができない構造でした。そこで,下請事業者の経済成長を阻害しないよう,簡易迅速に処罰すること(半面として処罰範囲を明確にする)を狙って,下請法は制定されました。
 制定当時は,現在のように,メールもなければFAXもない時代です。ですから,下請法上の対処も,昭和31年の世代をベースに考えられているものが多いことになります。例えば,交付義務のある注文書は,現在ではFAXやEDIを使うことも多いはずですが,この法律では原則的に注文書の原本交付(郵送又は手渡し)として定められ,通達等によって例外的に下請事業者の了解が得ていれば電磁的方法によることもできるとされています。

下請法の趣旨・目的

 この法律は,下請事業者の利益保護が目的になります。しかし,あらゆる利益が保護範囲内なのかといえば,そうではありません。
 保護されている利益は,経済的利益(要するに報酬)です。下請法の要件を満たすと,親事業者には4つの遵守事項と11個の禁止事項が課されることになりますが,いずれも下請事業者が適正な報酬を貰うために欠かせない要素であるからこそ,定められているものです。
 建設業法上でも,下請保護規制が記載されていますが,これについても下請人の保護利益は主として経済的利益であり,規制態様も下請法と通じる部分が殆どです。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2017年01月25日 | Permalink

下請法違反行為の私法上の効力

 例えば,親事業者と下請事業者が,①単価引下げ改定の遡及適用を合意することは「違法な下請代金の減額」となり,②親事業者による一方的な減額指値発注は「買いたたき」に該当する可能性があります。
 このような,下請法上の禁止行為に該当する親事業者・下請事業者の単価引下げ合意は,無効となりうるのでしょうか。仮に無効であれば,下請事業者は,少なくとも従前価格での未払報酬部分について,親事業者に債務不履行に基づく損害賠償請求を実施できることになります。

独占禁止法の場合

 参考になるのは,下請法の一般法である独占禁止法違反の私法上の効力に関する議論です。この点は,判例で,直ちに無効とはならず,公序良俗違反とされるような例外的な場合にのみ無効となると判断されています(最高裁第二小法廷 昭和52年6月20日 民集31巻4号449頁参照)。

下請法の場合

 下請法の場合でも,判例は独占禁止法と同じ結論を取る姿勢です(東京地裁判決 昭和63年7月6日 判例時報1309号109頁:なお,当該裁判例では,最終的に最高裁まで争われましたが,当該論点については第1審判決内容を維持しています)。したがって,下請事業者は,違法な単価改定合意であっても,これに独自に抵抗することは許されません。
 下請法では,行政による勧告その他罰則によって違法状態の具体的かつ妥当な収捨,排除を図るに適した内容の弾力的な措置を取ることで,下請事業者を保護することを目的としています。下請事業者としては,違法な単価改定合意があった場合,監督官庁である中小企業庁又は公正取引委員会に対して告発する以外に,救済手段が無いのが現状です。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2016年06月01日 | Permalink