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<title>セントラル法律事務所</title>
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<description>名古屋の弁護士</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2012</copyright>
<lastBuildDate>Wed, 16 May 2012 11:22:24 +0900</lastBuildDate>
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<title>いつになっても楽にならないと思うとき</title>
<description><![CDATA[<p>　「ローンを払い続けなければならない。」とか、｢給与を支払う時期がすぐに来る。」など、いつになっても楽にならないと思うことがある。<br />
　破産・債務整理など、一部であれ、不払いを前提とした手続をとる必要がある場合は、その手続を真剣に考えるべきだ。<br />
　問題は、財産・組織など、ある程度の蓄積があり、信用上、事故扱いをされてはいけない場合だろう。<br />
この場合が一番つらいだろう。守るべきものがある人たちだ。<br />
　そのような人たちを見ていると、真面目で、自分で抱え込むところがある。<br />
いつになっても楽にならないと思うとき、次のように考えてみてはどうだろうか。まず、自分の強みをどこかで見つけ出すべきだ。次に、その強みを自分だけで活かすのではなく、自分が今持っている組織・協力者に活用してもらえないかを考えるべきだ。ここでは、ある程度発想の切替が必要だろう。<br />
　文章にすると、簡単なことだが、自分が持っているものに気がついていないことが多いのではないかと思う。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/05/post_143.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Wed, 16 May 2012 11:22:24 +0900</pubDate>
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<title>運命</title>
<description><![CDATA[<p>　「ソクラテスの弁明」の最後に、「しかしもう去るべき時が来たー私は死ぬために、諸君は生きながらえるために。もっとも我ら両者のうちのいずれがいっそう良き運命に出逢うか、それは神より外に誰も知る者がない。」とある。<br />
　ソクラテスが、死後の世界をどのように思い描いていたか、私は知らない。私は、死後の世界を想定していないので、その立場からは、この文章は、現世のこととして解釈することになる。<br />
　私は、次のように考えている。<br />
　運命は、誰も知ることができないということだ。どのような職業に就くかなど、人それぞれに、あれこれ考えて、選択する。しかし、その後の推移は、考えていたとおりには進まない。誰も知るところではない。人があれこれ評価しても、ただあれこれ言うだけだ。それを気にする必要はない。運命は、自分が受けとめるだけだ。事実は事実として受けとめるが、その評価は自分が行なえば良い。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/04/post_138.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Fri, 20 Apr 2012 16:27:45 +0900</pubDate>
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<title>常に全体を見る法律事務所として</title>
<description><![CDATA[<p>　事業、離婚、相続、成年後見など、人生の中で重要なポイントは、互いに関連（連動）し合っています。<br />
　それぞれについて、専門化した知恵は必要ですが、それが「たこ壺」に入ってしまうことなく、全体を見渡して判断することが常に必要だと考えています。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/04/post_140.php</link>
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<category>１　セントラル法律事務所の考え方</category>
<pubDate>Tue, 17 Apr 2012 09:01:52 +0900</pubDate>
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<title>多神教の世界における倫理</title>
<description><![CDATA[<p>　河合隼雄さんが文化庁長官のとき、次のような話を書かれていた。<br />
　「一神教の世界では、神が○○すべし、○○すべからずというので倫理的な規範が確立しやすい。これに対して、多神教の世界である日本においては、多くの人が欧米の影響を受けて個人主義になりつつあるが、その倫理ということを不問にすると、容易に利己主義に陥りやすい。この点、ローマ人たちが多神教の世界の中で、実に厳しい倫理感をもっていることに注目せざるを得ない。そして、それを支えている極めて大切な柱が「法」である。」<br />
　「法」が多神教の倫理を支えるという考え方だ。ローマ人が厳しい倫理感をもっていたのかどうかについては、私は不詳である。しかし、法律実務家としては、「法」は最小限守るべきものであり、倫理は、それを補うものであると考えていたので、この考え方には違和感があった。<br />
　しかし、利己主義が進む中で考えるうちに、最小限守るべき「法」のもつ明確さは必要な事項だと考えるようになった。倫理を出発点として世の中を見るのではなく、「法」を出発点として世の中を見るのは、判断が明確となり、世の中の骨組みとしては重要であると思う。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/04/post_114.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Tue, 10 Apr 2012 10:19:46 +0900</pubDate>
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<title>自分が目標とする人があるか。</title>
<description><![CDATA[<p>　いろいろな会合などで多くの人を見る機会のある人にはわかってもらえると思うが、「この点はすごいな。」と感ずることは多い。全てがそろった人は少ないだろうが、自分が目標とすべき点を備えた人は多くいる。こうした人を見て、人は自分を向上させていくのだと思う。<br />
　ところが、人を見る機会が少なかったり、また、素直に見る眼がないと、自分が目標とする人がないという人が出てくる。<br />
　たとえば働く女性の場合、どのような表情・話し方で働いているかを見る機会があるかないかで大きく違ってくる。自分の職場から出る機会が少ないと、目を見開く機会が少なくなってしまうだろう。これは女性に限った話ではないが、人を雇用する立場でも、また雇用される立場でも注意するべき点だと思われる。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/03/post_84.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 09:35:28 +0900</pubDate>
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<title>昔、気になった記事を読み返してみると</title>
<description><![CDATA[<p>　2005年2月7日の日本経済新聞の経済教室で、伊藤元重東大教授が、連載を終わりにするのにあたり、「インフレ転換の予兆」を記している。<br />
　今から約７年も前のことである。インフレがやってくる、バブルがやってくる、といった本は、今日まで多数あり、いつかはそうなるのだろうが、いつとは、なかなか予測できないのだろうか。<br />
　常に先を読んで決断しなければならない経営者は、ともすると気が早く、何事も早すぎるということが起こる。<br />
　伊藤元重教授は、若いころ先輩から聞いた話として、経済を見る上で３つの眼が必要だという話を紹介している。第１は経済をマクロでとらえることができる「鳥の眼」、第２はミクロで細かい所を見ることができる「虫の眼」、そして何よりも重要であるのは、潮の流れの変化を見極める「魚の眼」であると。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/03/post_117.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 10:36:16 +0900</pubDate>
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<title>若者の道徳心</title>
<description><![CDATA[<p>　ある地方のローカル線に乗ったとき、座席は、列車の壁に沿って横に長く続く形であった。そのうちの５人くらいが座ることを予定されている半分くらいには、６人が並んでつめて座っており、残り半分くらいのスペースに２０代と思われる若い男が３人座っていた。３人が知り合い同士かどうかは、３人の服装や飾り物の趣味がよく似ていたものの、３人共が寝ていて、話をしていなかったのでわからなかった。３人共スマートであったが、１人は首を真横に傾けて寝ており、それだけでも２人分のスペースを利用していた。<br />
　立っていた年配の人は多数いたが、誰も、つめて座るように伝える人はいなかった。<br />
　妊婦さんや障害のある人などが立っていれば、注意したかもしれないが、こうした場合、どうするのが良いか迷うのではないか。<br />
　こうした場合、注意しなければ世の中が良くならないから注意するべきだという意見の人も多いだろうが、私は、どちらかというと反対である。<br />
　年配者は、若者に注意して不興を買うリスクと、自分は元気で立っている負担？とを比べているのだろうが、若者にあまり期待していないということなのか、と思われる。<br />
　あそこに座っていた３人の若者が、将来、皆のために貢献できる人になるようには思えなかったが、若者には若者の苦労がこれからかかってくるだろうし、年配者は年配者で自立していくということを象徴していたシーンであった。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/03/post_78.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Fri, 09 Mar 2012 16:31:57 +0900</pubDate>
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<title>「濃尾システム」</title>
<description><![CDATA[<p>　茨城大学の磯田道史助教授は、概要、次のように説明する。<br />
　「毛利氏に代表される中世軍国は武士が土豪として農村にあり、農民を従え粗放農業を行っていた。これに対し、織田信長や徳川家康の近世濃尾平野武士国は、農村は家族農業経営の丁寧な農業をする農民に任せ、自らは領地を離れ城下町で武芸に励むプロの戦闘集団となった。この集団は、当時出てきた火縄銃に対して恐怖をものともせず密集突撃するなど、忠誠を尽くす新しい倫理を持つまでになっていた。濃尾の武士はやがて日本全土を支配することになった。」<br />
　高密度の農業により、農業労働から解放された武士が、常日頃から殿の側にいて武芸に励むことにより、人間的な絆ができ、これが現代日本の原型となったということである。<br />
　この説明がちょうど名古屋の飛躍の時期に書かれており、「濃尾システム」の再評価にもつながっている。<br />
　「濃尾システム」は、別に現代の名古屋に関連づける必要はないと思われるが、組織について、重要な点が凝縮されていると思う。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/03/post_94.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Thu, 01 Mar 2012 09:59:51 +0900</pubDate>
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<title>渡辺崋山</title>
<description><![CDATA[<p>　JRさわやかウォーキングで、渡辺崋山が幽居した跡が残る池ノ原公園、田原市博物館などを歩き、渡辺崋山の国元が田原であり、蛮社の獄の後、幽居、自刃したのも田原であることを知った。気楽なウォーキングがきっかけとなり、多くのものを得ることができた。<br />
　渡辺崋山というと、最近は、「佐藤一斎像稿」を日本美術史の本で見た程度であったが、画家であるだけでなく、「報民倉」を築き、大凶作を乗り切った政治家でもあり、さらに学者でもあり、外国事情の研究者でもあったことを知った。<br />
　渡辺崋山のスケッチなどを見ると、よく観察のできる人であったことがわかるが、画家としてだけでなく、政治家、学者としても、この点がきわだった人なのだと思われる。蛮社の獄の後、恩師の献身的な請願書により蟄居の判決となったが、崋山の窮状を見かねた画弟子が書画会を開き、その生計を救おうとしたところ、蟄居の身には不謹慎であるという風聞が立ち、藩主にまで災の及ぶことを畏れ自刃したというのも、わかる気がする。<br />
　遺書の内容も、他人に対するうらみつらみではなく、自らの見通しを述べ一貫したものである。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/02/post_93.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Mon, 27 Feb 2012 09:24:22 +0900</pubDate>
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<title>貧しい人の保守性</title>
<description><![CDATA[<p>　貧しいというのは、経済的にだけでなく、精神的にも含めてですが、社会の全体を観察していると、貧しい人の保守性が気になることがあります。<br />
　豊かな人が、現状を肯定し、保守的になるということは普通に考えられることですが、豊かな人の方が物事に対しては、革新的であるようにも感じます。<br />
　貧しいのに保守的というのは、現状に満足しているということかもしれません。しかし、おせっかいになるかもしれませんが、「それでいいのかな。」と、私は思います。したがって、あまりに不利な状況を見ると、改善策を伝えることもありますが、反発めいたものを感ずることがよくあります。こうした場合、無理に変えさせることが適当ではなく、そのままになってしまうことがあります。<br />
　教訓めいたものは、書きませんが、年齢を重ねるにつれ、感ずるところです。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/02/post_64.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Mon, 20 Feb 2012 13:38:35 +0900</pubDate>
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<title>JRさわやかウォーキング</title>
<description><![CDATA[<p>　2012年の新春から参加している。思っていたよりも多くの人が参加している。田舎道を歩くと、多くの人がつながり、巡礼のようだ。<br />
　一番驚いたのは、皆の歩くスピードが速いことである。速歩でないと運動にはならないからかもしれないが、ゴールを目指して一直線というのは、日本人の生真面目さの表われのように思う。<br />
　私は、あまり知らない町を歩くことに興味があり、きょろきょろしてしまうし、寄道もしてしまう。いろいろな発見があり、楽しい。<br />
　ウォーキングは人それぞれだから、いろいろあっていいと思うが、運動能力が落ちてきた僻みから、つい余分なことを思ってしまう。<br />
</p>]]></description>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Wed, 08 Feb 2012 17:21:23 +0900</pubDate>
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<title>会合がおもしろくなくなってきたら</title>
<description><![CDATA[<p>　定期的に開かれる会合は多く、人の縁など、いろいろな事情から参加している人は多いと思う。<br />
　参加することに何らかの意義があったり、おもしろければ良いが、時間の経過と共に、変わってくると悩ましくなる。<br />
　このあたりをどのように考えたら良いだろうか。<br />
　若い頃は、自分の好みや価値観が、自分でも十分わかっていなかったところがある。また、まずはいろいろ体験して考えようとも思っていた。<br />
　しかし、年を重ねるにしたがって、自分の好みや価値観ができてくると、この点に関して保守的になる。また、時間が貴重に思えてくる。「暇つぶし」をしなければならない時間は、私には、あまりないように思える。<br />
　そうすると、若い頃は、ある程度、近くにいた人のグループで行動していたが、だんだん独自の道を歩むようになる。独自の道と言っても、同好の友は、見つけようと思えば世の中には多いと思う。<br />
　ある程度、意識して、自分の時間の使い方を変える必要があると思われる。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/01/post_61.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 13:33:05 +0900</pubDate>
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<title>少し忙しくなると、指示された仕事が全くできなくなってしまう人</title>
<description><![CDATA[<p>　私は、世の中に、このような人がいることが不思議だった。</p>

<p>　若い頃は、少し忙しくなったのであれば、努力でそれをカバーできるし、そうするべきものと考えていた。したがって、少し忙しくなったことにより、指示された仕事が全くできなくなるのは、努力不足だと考えていた。</p>

<p>　年齢を重ねるにつれ、私は、大部分の仕事は、使える時間が決まっていれば、その時間の許すかぎりで終えることができることを知るようになった。（もちろん、仕事の水準から、ある一定時間が不可欠である場合もあることは理解している。）<br />
　仕事の完成度を上げるために、時間無制限でそれに取り組む場合もある。しかし、多くの場合、時間に限界があり、それに対して仕事は増減するから、決められた（または自分で決めた）時間の中で最大限の努力をすることになる。このような考え方は当然だと思っていた。したがって、少し忙しくなったことにより、指示された仕事のうち、一部分が完全にできておらず、欠落した状態となっている人について、私は理解ができなかった。</p>

<p>　私は、自分の手持ち時間に応じて、やらなければいけない仕事に割当てられる時間が変動するが、それは、相似形で変動するというイメージだった。相似形なので、減少割合に応じて、各々の分野に投じられる時間も減少するが、ある分野の仕事に投じられる時間がゼロになってしまうものではない。投入時間が減少してもゼロになるものではないから、その時間で、できる範囲の水準で行えば良い。</p>

<p>　ところが、少し忙しくなると、一部の仕事が全くできなくなってしまう人は、世の中に存在する。<br />
デジタルとアナログの違いなのだろうか？私のようなアナログの側からは、デジタルの世界について十分理解するべきだろうし、デジタルの側からも、アナログの世界を知ってもらいたいものだ。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/01/post_55.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Mon, 16 Jan 2012 17:48:11 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>自分のテーマを、どのように見つけ、継続するか。</title>
<description><![CDATA[<p>　年を重ねるにしたがい、自分が関心をもつことができるテーマは見つかるものだと思う。そして、さらに年月がたつにつれ、自分が関心をもつことができるテーマは、増えていくだろう。<br />
　このようになってきたところ、ある時点で、自分が関心をもつテーマは、どのような形にまとめられるか気がつく。「そうだ！自分のテーマはＡとＢとＣの３本にまとまる！」という具合に。<br />
　Ａ、Ｂ、Ｃは、自分の生涯のテーマのように感ずる。<br />
　このような頭の中の作業は必要だと思う。しかし、テーマは、Ａ、Ｂ、Ｃだけではない。さらに時間がたつにつれ、テーマは変容していく。生涯のテーマだと感じたものすら変容していく。<br />
　テーマは変動するものだと思う。しかし、テーマは、その時々に十分な熱意と時間をもって追求される。その追求の中でいろいろな成果が記録される。<br />
　記録は、１つのブロックのようにまとまったものではあるが、離合集散し、組み替えられて利用される面がある。<br />
　その人の世代によって、利用する方法は、カードであったり、ルーズリーフのノートであったり、データベースであったり、私の知らない方法など、いろいろあるだろう。どのような方法であれ、組み替えができ、その組み替えを行ううちに、また新しいテーマが見つかる。これが継続するポイントだと思われる。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2012/01/post_76.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Fri, 06 Jan 2012 20:11:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>気がついたことを記述する。</title>
<description><![CDATA[<p>　事務所では、グループウェアソフトを独自で作り、利用しているが、キーワードによる検索ができることが便利なので、自分だけが見ることができるweb会議室をもち、日記をつけている。<br />
　日記と言っても、日々の出来事を記述することもあるが、そのときどきに、これは重要な発見だと自分が考えたことを記述し、何年か経ってから読み返すことに利用している。<br />
　また、ブログなどを読み、なるほどと思ったことを、引用を明確にして、日記に収集している。ある種のコレクターとなっている。<br />
　こうした生活を送っていると、自分では気がつかなかったことが多いと感じ、物事を注意して見るようになったと思う。<br />
　文章や何らかのコメントを求められたとき、すぐに提供することは大変だと思っていたが、それなりにできるようになるのではないかと思う。<br />
　気がついたことを記述するというのは、こまめでないとできないように思われるが、習慣の問題だと思う。</p>]]></description>
<link>http://www.sodan.co.jp/2011/12/post_54.php</link>
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<category>８　コラム</category>
<pubDate>Mon, 26 Dec 2011 09:31:30 +0900</pubDate>
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